『新・平家物語(九)』

新・平家物語(九) (吉川英治歴史時代文庫)
本巻の主役は源義仲。正妻・巴と愛妾・葵、さらには執念の女・山吹まで交えて卍どもえの恋愛模様もきらびやかに、木曽から北陸に打って出て、一気に都入りを果たす。
一方の平家方から見てみれば、清盛亡きいま刻一刻と滅亡のときが迫っており、都との別れ、一族の中の裏切りなど、落魄のドラマがいよいよ盛り上がってくる。
義仲追討の兵を北陸へ進める途上、竹生島に立ち寄った平経正と麻鳥との邂逅の場面が、美しくも物悲しい。

(貧しいのは、自分たちの方であった。平家の公達と生まれ、いったい、どれほどな福徳を身に持ったか。前太政入道ひとりを亡っては、一門、かくばかりうろたえているではないか。そのため、戦陣を馳けずりまわり、世に何を益しているか。からくも、栄華の余命を支えようと焦心しているだけのことではないか。……それを思えば)
 と、経正は、眼のまえの一個の男に、なんともいえない気高さと、生の強さを、見るのであった。

平家物語を読む醍醐味というのは、やがて滅びゆくものたちが精一杯の生き方と決意を示す、こうした場面にこそあるのだと思う(結末はみんな知っているのだから)。
「朝日将軍」という偉いのか偉くないのかよく分からない称号もいただいて、文字通り日の出の勢いの木曽義仲なのだが、入洛直後から既に後白河院以下朝廷の面々とはボタンの掛け違えが大きく、この人もまた滅び行く者の美を見せることになる予兆が、既にして見られる。


個人的には、義仲が一世一代の賭けで北陸に兵を進め平家を倶利伽羅峠で火牛攻めにするあたりが、北陸生まれ北陸育ちの私にとっては、他人事とは思えず関心を持って読んだ。知っている地名がぽろぽろ出てきて、あの地名もこの地名も平安末期から続く名前だったのかと驚かされた。
とくに、「三馬」と書いて「みんま」と読む金沢の地名が出てきたのだが、幼い頃この辺に住んでいたこともある私にはとても懐かしかった。