『新・平家物語(十二)』

新・平家物語(十二) (吉川英治歴史時代文庫)
この巻の冒頭では、一ノ谷の合戦で捕らわれ長らく鎌倉で虜囚生活にあった平重衡の、無残な最期の場面が描写される。実際には重衡の斬首は壇ノ浦の合戦で平家が滅びた後の話なのだが、作者の吉川英治はよほどの重衡という人に思い入れがあったのか、時系列を飛ばして先にその生涯を描き切ってしまうのだ。
さて、一ノ谷から屋島までの小康状態のなか、鎌倉、京都、西国ではそれぞれに次の時代に向けての激しいせめぎあいが行われるわけだが、表舞台で目に付く合戦よりも、ある意味でもっとスリリングなのが後白河院と頼朝との水面下での角逐だろう。

 総じて、頼朝の抱負は、武家の一手で、天下の政権も握ろうとする幕府創建にあるらしい。平家とちがって、もっと根本的なのだ。わるくすれば、院のごときも行く末は、鎌倉の一代務所になり終わらないとも限らない。いやその惧れは多分にある。
 後白河は、はやくも、そういう惧れと見通しを持っておられた。

こういう後白河(旧勢力)視点で見ると、日本史で「守護・地頭」だの「門注所の設置」と丸暗記した鎌倉幕府の創建も、一味違って見えてくる。


頼朝と義経のすれ違い、平家の身内でのタカ派ハト派の齟齬、漁夫の利を狙う奥州藤原氏、それらを遠巻きに見守る院以下貴族たち。
不気味な嵐の前の静けさは、義経屋島急襲により破られる。