山口:みもすそ川公園

さて、今日は早朝にホテルを出て下関へ。ここからバスに乗って約10分、「みもすそ川公園」が今回の旅のとりあえずの目的地。駅前のロータリーでバスを待ちながらキョロキョロしていて知ったが、山口ではこの秋に国体が開かれるのか。あと、下関は林芙美子金子みすずが生まれた土地でしたか。
そういえば学生時代に貧乏旅行で韓国に行ったとき、帰りは関釜フェリーだった。下関に来たのはあれ以来15年ぶりくらいだな、当時の記憶は一切ないけど。
長府・小月方面行のサンデンバスに乗り、やって来ましたみもすそ川公園。

で、これが「壇の浦古戦場址」の碑と、壇ノ浦a.k.a.早鞆の瀬戸である。後ろの橋は有料道路が通っている関門橋。これは確かに川かと思うくらい海峡狭い。そして、流れが速い!

安徳帝御入水之処」として、幼帝安徳とともに入水した二位尼平清盛の妻・時子)の辞世と伝えられる以下の歌が刻まれている。

今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ
波の下にも みやこありとは

地名や公園名にもなっている「みもすそ川」とは、伊勢神宮の境内を流れる「御裳濯(みもすそ)川(別名・五十鈴川)」のこと。平清盛ら当時を席捲した平家は伊勢平氏と呼ばれる血流で、安徳天皇は清盛と時子の娘・徳子(建礼門院)の子であるから、「伊勢の血を引く末流である安徳帝」と、「伊勢の五十鈴川からはるか流れを汲む壇ノ浦」とを掛けているのだろう。
わずか6歳で入水することになった幼帝に、二位尼は「波の下にも都があるのですよ」と言ったとか、「海の下にある極楽浄土へ行きましょう」と言ったとか…。


源義経・八艘飛像と平知盛・碇潜(いかりかづき)像。
 
 
NHK大河ドラマ源義経」の際に、何故か主要キャストが手形を寄贈したらしい。左上から、滝沢秀明義経役)、松坂慶子二位尼役)、小泉孝太郎平資盛役)、中越典子建礼門院役)。マニアック。来年の大河ドラマ平清盛」の時にも、新たに手形が追加されるのだろうか…?*1

 
みもすそ川公園の片隅には、19世紀末、長州藩が米英仏蘭の四国を敵に回して(!)戦った時にこの関門海峡でぶっ放したという「長州砲(八十斤加農(カノン)砲)」のレプリカが、海峡に向けて並べられていた。

*1:ちなみに現在発表されている「平清盛」キャストでは、二位尼深田恭子ということしか分かっていない。