『情報の呼吸法』

情報の呼吸法 (アイデアインク)
一時「ツダる」(ナツい!)で有名だった筆者が、昨年3月11日の震災直後にはあらゆるソースから地震原発情報をリツイートしまくって自ら情報のハブになった。本書は、それ以降のソーシャルメディアに対する筆者の考え方をまとめたもの。

「情報とは何か?」と問われたら、僕は「人々が動き出すきっかけを与えるもの」「人をドライブさせるためのガソリン」と答えます。その先に行動や変化があることが大前提です。

そんな「情報」に対する見方が、ソーシャルメディアの登場によってどのように変化してきているのか?

少し前まで情報は「ストック」でした。ネットに情報を上げておけば誰かが何年後かに検索で見つけることができる。そんな巨大なインターフェースをみんなでよってたかって作ろうとしていました。それがツイッターフェイスブックになると情報がどんどん流れて消えていってしまう。情報がある意味「一期一会」の「フロー」になった。


自ら情報のハブを目指した筆者にとって、今後望まれるのは、昨今よく言われる「キュレーター」というよりは、ふらりと現れた客に対しサッと好みのカクテルを提供したりつかず離れずの会話をする「バーテンダー」に似たような存在ではないか、という。

これから求められるのは、情報と情報を結びつける、この人とあの人を結びつける、もしくは、こういう情報が眠っているから、あの人に話をつけると早くなるだろうなという有機的なつながりを見つけていく方法論だと思います。特に震災以降の今の状況では、そうしたことが本当に求められるようになると思います。

「絆」というよりは、情報のやり取りを介した非常に緩やかなつながり(Weak Ties)こそが、ソーシャルメディア上で今後求められる人間関係なのだ、と筆者は結んでいる。

相手からうざいと思われない範囲で日々オンライン上では利他的に行動し、ウィーク・タイズがつながる範囲を広めていく。「人徳」という単語がありますが、ソーシャルメディアの時代になったことでこの単語が持つ意味も今後変わっていくのかもしれません。


この本を読んで私が思ったのは、「情報発信しているということを情報発信する技術」が必要になってくるのではないか、ということだ。つまり、これだけ情報が氾濫している世の中において、ブログやまとめサイトやリツイートを細々とやっているだけで、果たしてその情報が広まっていくのだろうか、という素朴な疑問だ。ギブ・アンド・テイクの「ギブ」を上手に発信するにはどうすればよいのか?
それから、「情報に対する意味づけ」をして発信することが、人々のつながりの元となるという筆者の見解だったが、しかしそれは、個々人が「意味づけ」を行う、物事を租借して判断する能力の低下につながるのではないだろうか? まとめサイトで情報を集めて知ったような気になってしまうように。