『新・平家物語(八)』

新・平家物語(八) (吉川英治歴史時代文庫)
全16巻の「新・平家」も、ようやく半分まで来た。頼朝と義経が合流(頼朝冷たい!)、物語を引っ張ってきた平清盛がついに亡くなり、これからいよいよ平家滅亡へ向け走り始める。
自身が情熱をかけて造り上げた福原の都から京へ再度の遷都を決意した折の、清盛の嘆息。

 主上上皇法皇はいわずもがな、一門の輩までも、還都と聞くや、あのよろこびと、あわただしさをもって、潮の退くごとく、旧都へさして、争い帰ってしまった。──あとの福原に、一顧の惜しみも、一片の思いも、残しはしない。
「世は泡沫というが、山河の悠久に変りはない。今の人間どもの姿こそ、まこと、泡沫のままよ。清盛が計を立て、思いを燃やしたこの国への望みと未来の如きは、かれらにとって、いわば身の迷惑にすぎないのであろ……やんぬるかな。……噫。」

死の床での妻への述懐。

「いや、大勢の子ども、一門のやから、女たち、みな、そなたの陰の助けで育てられてきた。清盛は、それらのことは、何もせぬ。おれがしたのは、福原の都、厳島の造営、それから、世を良くもしたが、悪くもした。世を正そうとして、世は乱脈になり果てた。しょせん、清盛のやったことは、あらまし、泡沫にすぎぬ。……残ったのは、何もない。……」

清盛という人は必要以上に悪人というレッテルを貼られている気がするが、もちろん人並み以上の野望はあったにせよ、停滞した貴族政治の打破や国の発展を思っての事業だったとしたら、案外これらの嘆息は真実を言い当てているのかもしれない。またその辺が、現在の某政治家に重なって見えないこともない。


それにひきかえ、物語に颯爽と姿を現すのが「木曽殿」源義仲である。本作では、山育ちで粗野ではあるが美男で人を惹きつける人物として描かれている。北の方・巴御前と愛妾・葵御前の女武者を両脇に従え、実にさわやかである。
信濃や北関東を巡り従兄弟の頼朝と角逐を見せるのだが、冷徹で計算高い男として描かれる頼朝よりは、義仲を応援したくなってくる。
しかし、清盛にしろ義仲にしろ、その終幕を読者は既に知っている。われわれは先に待つ悲劇を知りながら読み進めなければならない。


善なる庶民代表の医師・麻鳥はこの巻でも活躍。金売り吉次に「人並みに死ねない人相」と決め付けたり、清盛の臨終を看取ったり。しかし決して行き過ぎたヒーローにならないのは、カリカチュアライズされた「女代表」としての妻・蓬との痴話げんかの場面がところどころに挿入されるためだろう。