『疑惑の霊能者 宜保愛子の謎』

疑惑の霊能者 宜保愛子の謎 (ホット・ノンフィクション)
大槻教授本その2。
もはや若い人は知らないかもしれないが、宜保愛子さんというのは80年代から90年代初頭にかけての日本オカルト界のミューズ的存在である。新倉イワオ氏とセットで登場する「あなたの知らない世界」シリーズで火がつき、心霊ブームに乗って数々の心霊写真・霊視・除霊番組に出演。その最たるものが大槻教授と同じ早稲田大学吉村作治教授とエジプトへ同行、ツタン・カーメンの死因を霊視したり新たな王家の墓を発見(?)したりした一連の番組だった。温和な人柄が共感を呼び、故大島渚氏やビートたけし氏をはじめ芸能人にもファンが多かった。
ところが90年代初頭に「宜保愛子の『霊視』はインチキだ」という声が強まった。この時、大槻教授こそがまさにインチキ論の先鋒となった人物で、本書はその論点を分かりやすくまとめたものである。
(参考:よみうりテレビの「EXテレビ」(懐かしい!)の心霊特集)

こうした否定論の強まりとともに、折からのオウム真理教騒動もあってオカルトへの風当たりが強くなったためか、宜保愛子さんは90年代半ばにはふっつりと表舞台から姿を消した*1


本書は宜保さんの「霊視」を、科学的というか論理的な矛盾点を事細かにあげつらって「これは事前に入念なリサーチを行った結果か、あるいは対話の中で相手の背景を引き出す話術に過ぎない」と結論し、もしここで指摘したことが間違っているのなら、たとえば大槻教授本人を「霊視」して、何のトリックもないことを証明して欲しい…と訴えている。

 私は、一年以上も前から、「超能力」などというエネルギー励起型の誘導型超常現象があったなら、これは私がこれまで大学で教えてきた物理学の基本原理がウソだったことになるので、大学に辞表を出すと言いつづけてきました。いまでは、いつもポケットに辞表を持ち歩いています。
 もちろん、それだけではありません。私は、高校の物理の教科書、参考書も書いていますし、これまで66冊の本を出版してきましたので、これらすべてを絶版にしなければなりません。

…とまあ、ちょっと大人気ないほどの書きっぷりなのだが、大槻教授は筆を取った理由として、あまりにも当時世に蔓延していたオカルトブームと、それに付随する科学への信頼感の減退、科学的思考の減退という状況への憂慮を挙げている。
もちろん、大槻教授とてショーとしてのオカルトを否定するわけではないし、自然界に自発する超常現象(火の玉やUFO、ポルターガイスト等)は存在を認めている。さらにある種の霊治療やコックリさんなど、超常現象というよりは相手の情報を引き出すことで良い効果を上げる現象が存在する可能性も認めている。
問題は上記の文中にも出てきた「エネルギー励起型の誘導型超常現象」(これは大槻教授の造語)=自然現象ではなく人間の力が介在し物理現象を引き起こす力について、つまりスプーン曲げや気功術、念写の類は、これはありえないと断言している。

 たとえば、気功によって手をかざしただけで5人の大人を10メートルも吹っ飛ばしてしまう、ということがありますけれども、もし、これが本当だとすると…(中略)…その反作用として気功師の手は、その10人(ママ)を飛ばした、その力で逆に、手が張り飛ばされるはずなんです。
 …(中略)これを指摘しますと、「いやぁ、物理学の基本原理に反してもいいじゃないか」「やがて物理学はどんどん進歩して、今までの法則とか原理が正しくないということが、わかる時があるんじゃないか」、などと言われますけど、そうじゃない。
 科学の世界では、どんどん新しい法則が見つかっていますが、それが今までの発見された古い法則を否定する、というようなことは、あり得ない。その法則を含みながら、さらに広い法則が発見されていくものなのです。
 だから、作用・反作用の法則が否定されるなんてことは、あり得ない。この作用・反作用の法則は、今まで一度も破られなかったし、これからも、永久に破られることのない法則です。新しい力が発見されても、その力は、作用・反作用の法則を満たしつつ、なおかつ、新たに付け加わる法則を持ってるはずです。


それにしても、大槻教授は宜保さんの行った「霊視」「霊能」を一つ一つ事細かに検証し否定しつつも、実は「あとがきにかえて〜宜保愛子さんへの手紙」として、本書の最後にこんなふうに書いている。

 この本で述べたことがらについては、まず、その非礼をおわびしなければなりません。私は貴殿とは直接お会いしたことはありませんし、個人的には何の感情も、悪意も持っておりません。いやそれどころか、何度も出演されたテレビ番組のVTRを見ているうちに、親しみと好感をいだくようになっています。その、素朴で、やさしそうな語り口は、私がもっとも気に入ったことの一つです。
 心のなやみや苦痛を持った人が、このような親しみのあるやさしいオバさんに心のうちを話し、その苦痛が改善されたら、とても幸せなことでしょう。現代の西洋医学や心理療法などではとても追いつかない、優秀なセラピストの側面を私は高く評価します。

その限りにおいては評価しつつも、科学法則を無視した言動については、許すわけにはいかないとして、以下のように続ける。

 もちろん大人の人の大部分は、このような貴殿の行為はたんなるショーであり、無視すれば良いと思っています。しかし子供たちはそうではないのです。ここに、私は、貴殿には非礼を省りみず、貴殿の霊能力を批判せざるを得なかった理由があるのです。


ということで、この手合いをはなから「たんなるショー」と思っている私からすれば、こんなものは大学教授がわざわざ(口述筆記と思われるやっつけ仕事で)本まで書かなくても、当たり前のことだと思うし、分かった上でニヤニヤ楽しむ分には罪もないと思うのだが…世の中にはそういうふうには考えない人も多いようだから、困ってしまう。
事実、大槻教授の憂慮は、この本が出版された2年足らず後に、地下鉄サリン事件という最悪の結実を見せてしまうのだから…。

*1:2000年代に入ってバラエティ番組に登場するも、2003年に71歳で亡くなっている。