『白痴』

白痴 (新潮文庫)
新潟出身の作家・坂口安吾を読むシリーズ第3弾*1。表題作「白痴」を含む、安吾が終戦前後に発表した短編を集めた一冊。
これらを読むと、太平洋戦争の最中(あるいは直後)に、ここまで国家や社会に対するニヒリズムを表立って掲げたところが、安吾の(当時)斬新でユニークな点だったのだろうと思う。今だったらこれくらい明け透けにニヒリズムを表明するのなんて、大したことではないけれど(というかむしろ陳腐化している)。


表題作「白痴」は、太平洋戦争末期の東京の生活が、毎夜毎夜空襲に脅かされて死がすぐそこまで迫っているような状況なのに、大変生き生きと描かれていて感心した。
物書きくずれの主人公が、近所の家から逃げ出してきた頭の弱い女と同居をするという話だが、終わりまで読み通したあとで、ふと「この女はもしかして実在していなかったのではないか」という気がして、思わず慄然とした。最後の最後、空襲で焼け出された主人公と女が見回りに来た巡査に声を掛けられる場面くらいしか、女の実在を裏付ける部分が無いのだ。
「白痴」とは一体誰のことを指すのか?

*1:前回は2008年5月11日今年の1月28日あたり。