『日本ダービー殺人事件』

日本ダービー殺人事件 (集英社文庫)
皐月賞も含む12連勝を飾り、絶大な人気を誇る「タマキホープ」。日本ダービーを目前に控えたある日、そのタマキホープの馬主と騎手に「出走を取り消せ」という脅迫の手紙が送られてくる。それを無視した騎手は追い切りの日に毒殺され、替わりの騎手で臨んだダービーでは圧倒的1番人気のタマキホープは4着に沈んでしまう…。


その昔、府中の東京競馬場で警備の仕事をしていたこともあるという、西村京太郎先生の怪著。
若き日の十津川警部も出ては来るのですが、作者の一連の作品群の中ではやや異色とも言えるこの小説。なぜこんな作品を西村さんは書いたのか…。ちょっと長めになりますが、あとがきを引用します。

 今から十年以上前、私は、東京競馬場でアルバイトの警備員をやっていた。簡単にいえば、両替所のお金の番人である。まだ、中央競馬八百長はないという神話が生きていた頃だが、内部の人間の間では、公然と、八百長話が交わされていたのを、今でもはっきりと覚えている。
 果たせるかな最近になって、中央競馬黒い霧があばかれ、騎手が逮捕されたりしているが、昔から知る人は知っていたのである。それなのに、関係者は、相変わらずキレイごとでごまかそうとしているが、なんとも歯がゆくて仕方がない。
 競馬がギャンブルである以上、不正はつきものだし、インチキをやる人間も出てくるのが当然なのである。だからこそ、ギャンブルの中に人生を感じるという意見も出てくるのだと思う。それに、どんなことでも起りうるという方が面白くもある。
 私が、この小説で、競馬にまつわる八百長事件や、殺人事件を描いたのは、関係者のキレイごとの発言が腹立たしかったこともあるし、ギャンブルが持つ悪の奇妙な魅力のせいでもある。


   昭和四十九年    西村 京太郎

この中で西村氏が触れている八百長事件とは、昭和40年のいわゆる「山岡事件」および昭和48年に起きたいわゆる「藤本事件」などのことと思われます*1
また、12連勝を誇る巨漢のスターホース・タマキホープ…という馬のモデルは、昭和48年に一大競馬ブームを巻き起こしたハイセイコーでしょう*2


それにしてもこの主張は、正義感に駆られた立派な発言のように見えて、実は論理が破綻してるんですけどね。
だって主催者が「八百長もありますよ」と認めたら、もはや誰も競馬にロマンなんか感じないでしょう。ギャンブルの胴元はあくまで「公明正大です」と言い続けるしかないのです。
ようはその「木で鼻をくくったような公式発表」の裏にある巨大な陰謀を想像して、我々は楽しむわけでしょう? (すべての「陰謀説」は然り)


まあ、氏が競馬に詳しいということはよくわかりました。作品として見るべきところはそれくらいかな。八百長のトリックや動機、その裏に隠された陰謀とやらも、割とチープなものだし。
それより何より、相も変わらず*3主要人物が最後にベラベラ真相をしゃべって事件解決…というご都合主義の構造自体が、すでにチープ。

*1:両事件の詳細は、こちらなどを参照→http://tbce.org/2chwiki/(「競馬板用語辞典(仮)」)

*2:ハイセイコーは大井競馬時代7連勝、中央入り後は弥生賞皐月賞NHK杯と3連勝。無傷の10連勝で臨んだダービーでは、つい最近ディープインパクトに破られるまでダービーレコードだった単勝支持率66.6%の圧倒的支持を得るも、3着に敗退。

*3:11月18日の日記で紹介した『寝台特急殺人事件』を参照。