『東京の副知事になってみたら』

東京の副知事になってみたら (小学館101新書)
作家の猪瀬直樹氏は、2001年の小泉内閣による行政改革の諮問委員に抜擢されたのがきっかけとなって(だと思うが)政治に関わりを持つようになり、2007年に石原都知事によって都の副知事に招聘された。
とはいえ単なるお飾りとしての受諾ではなく、氏の長年の問題意識の延長上にすんなり乗っかったための拝命だったようだ。以下のような記述にも、その姿勢が見て取れる。

土着とモダニズムのなかにある東京という存在は、やがて「空虚な中心」皇居への問題意識を生み…「日本の近代」はぼくのライフワークになった。その過程ではっきりしたのは、戦前も戦後も日本は官僚主権国家ということだ。

本書では、それから3年が経った現時点での自らの仕事を振り返り、都行政の問題点と展望や、いわゆる中央と地方の関係に対する見方などを簡潔にまとめている。一つ一つの話題を深く掘り下げるというよりは総覧するといったスタイルのため、やや物足りなく感じるところもあるのだが、それ以上にいろいろと刺激される部分のほうが多く、問題提起の書と言えるだろう。興味を持ったその先は、都民であったり一市民であったりする読者自身が深掘りをすればよい…ということか。


都庁をして「自分の仕事について根本から疑い出すときりがないが、あらかじめ疑う範囲を限定しておけばおくほど長く勤められる世界」と言ってみたり、「格差キャンペーンにはソリューションがない」、「タダを売り物にするのはポピュリズム」といった明快だが刺激的な言い回しとか、参院議員宿舎問題で参院事務局に喧嘩を売ってみたりとか、割と大人気ないところも多々見受けられるのだが、その大人気なさこそが「役人」ではなく「作家」としての猪瀬氏のアイデンティティなのだろう。
行政について熱弁をふるう一方で、「日露戦争開戦前日本の発行した戦争ボンドを引き受け後に大儲けした企業こそリーマンブラザーズだった」といった歴史の豆知識が箸やすめ的に披瀝されるのも、作家のエッセイならではと思った。


本書で最も興味深く読んだのは、中央集権と地方分権のくだり。
日本で言う「地方分権」は一般に「decentralization」と訳されるが、諸外国の行政担当が集まる会議に出てみると「devolution」つまり「国からの権限委譲」という言葉が多く使われていて、それこそがまさに眼目なのだと気付かされた…という挿話がある。
途中まで氏が集権化と分権化のいずれを志向しているのかよく分からなかったのだが、結局のところ「権限」をより市民に近いレベルに引っ張ってくることで、市民の利益を図ろうというスタンスのように思った。
権限を市民に近付ける努力が必要とされるのならば、近付いてきた権力に対する関心も市民には要求されるということだろうか。