『私の遍歴時代』(その1)

私の遍歴時代―三島由紀夫のエッセイ〈1〉 (ちくま文庫)
三島漬け第12弾。三島由紀夫が自らの作品や少年期を振り返ったこのエッセイ集は、なかなか興味深い記述が多いので、2回に分けて感想を書いておく。

  • 「わが思春期」

いくつか収められているエッセイのうち、「わが思春期」と題された1編は雑誌「明星」に掲載された、いままさに思春期真っ只中の青少年たちに向けられた自伝。口述筆記のものということで、東京のきれいな山の手言葉を話した三島の口調が残る、読みやすくて優しいエッセイとなっている。
この中で三島は、学習院時代の少年期の思い出から説き起こし、戦時下で東大の学生として軍需工場で働いていた頃までを述べている。
ということはそのまま『仮面の告白』に書かれている時期と重なっており、また「詩を書く少年」「煙草」「春子」といった数々の小説に描かれた時期でもある。小説に書かれていることは実際にあった出来事を下敷きにして書いている…ということがよくわかって面白かった。
とりわけ「春子」で主人公の童貞を奪った叔母や、『仮面の告白』のクライマックスに描かれた決死のキスにも、実際のモデルがあったというのが興味深かった。

  • 「私の遍歴時代」

表題にもなっている「私の遍歴時代」は、東京新聞に連載された自伝で、これは今で言う日経新聞の「私の履歴書」みたいなものだろうか。それを改めて出版したもの。
先の「わが思春期」が主に性の目覚めを主軸に書いていたのに対し、こちらは三島由紀夫の文学的な側面の述懐。「花ざかりの森」を文芸誌に発表したいきさつや、最初の短編集を出版するまでの経緯、川端康成との出会い、文壇にデビューした頃の話、『禁色』を書いて後、世界一周旅行に出るまでが書かれている。
いろいろと興味は尽きないのだが、一番面白く読んだのは、太宰治について述べているところだった。『美味しんぼ』のゆう子さんの兄も言っていたが*1、三島は太宰のことを嫌っていた…というのは有名な話らしく、三島自身もわざわざ一章を割いてこの話をしている。

 私は以前に、古本屋で、「虚構の彷徨」を求め、その三部作や「ダス・ゲマイネ」などを読んでいたが、太宰氏のものを読みはじめるには、私にとって最悪の選択であったかもしれない。それらの自己戯画化は、生来私のもっともきらいなものであったし、作品の裏にちらつく文壇意識や、笈を負って上京した少年の田舎くさい野心のごときものは、私にとって最もやりきれないものであった。
 もちろん私は氏の稀有の才能は認めるが、最初からこれほど私に生理的反撥を感じさせた作家もめずらしいのは、あるいは愛憎の法則によって、氏は私のもっとも隠したがっていた部分を故意に露出する型の作家であったためかもしれない。従って、多くの文学青年が氏の文章の中に、自分の肖像画を発見して喜ぶ同じ地点で、私はあわてて顔をそむけたのかもしれないのである。…

ということで、いみじくも山岡士郎が看破した(?)ように、近親憎悪的な感情もあったようだ。

 「斜陽」が発表されたときの、世間一般の、又、文壇の昂奮は非常なもので、当時はテレビもなく、娯楽一般も乏しい時代であったから、文学的事件に世間の耳目が集中したのであろう。(中略)
 私も早速目をとおしたが、第一章でつまずいてしまった。作中の貴族とはもちろん作者の寓意で、リアルな貴族でなくてもよいわけであるが、小説である以上、そこには多少の「まことらしさ」が必要なわけで、言葉づかいといい、生活習慣といい、私の見聞していた戦前の旧華族階級とこれほどちがった描写を見せられては、それだけでイヤ気がさしてしまった。貴族の娘が、台所を「お勝手」などという。「お母さまのお食事のいただき方」などという。これは当然、「お母さまの食事の召上り方」でなければならぬ。その母親自身が、なんでも敬語さえつければいいと思って、自分にも敬語をつけ、
「かず子や、お母さまがいま何をなさっているか、あててごらん」
 などという。それがしかも、庭で小便をしているのである!

この後三島由紀夫は、知人たちに一席を設けられ、実際に太宰と会っている。
そのとき三島は、あろうことか自分より15も年上の太宰に面と向かって「僕は太宰さんの文学はきらいなんです」と言ったそうだ。

 その瞬間、氏はふっと私の顔を見つめ、軽く身を引き、虚をつかれたような表情をした。しかしたちまち体を崩すと、半ば亀井氏*2のほうへ向いて、誰へ言うともなく、
「そんなことを言ったって、こうして来てるんだから、やっぱり好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ」


後に三島自身も見ず知らずの文学青年に「あなたの文学が嫌いです」といきなり言われるようになったそうだが、

 ただ、私と太宰氏のちがいは、ひいては二人の文学のちがいは、私は金輪際、「こうして来てるんだから、好きなんだ」などとは言わないだろうことである。

…三島は太宰に関しては、大人気ないというかなんというか…。

*1:9月23日の日記参照

*2:同席していた評論家の亀井勝一郎氏のこと