『基地はなぜ沖縄に集中しているのか』

基地はなぜ沖縄に集中しているのか
沖縄には2万人以上の米軍が駐留しており、その6割以上は海兵隊が占めている。総兵力20万人余の米海兵隊において、主力部隊である機動展開部隊が常駐しているのは、アメリカ本土の東海岸と西海岸を除いては沖縄だけだという。
第二次大戦後から朝鮮戦争当時までは、米軍基地は本州にも多く存在し、市民と隣り合わせの生活をしていた。たとえば茅ヶ崎は上陸作戦の訓練地だったし、烏帽子岩は射撃訓練の標的になって崩落したのが現在の姿だ。しかし、安全面の問題から内灘闘争(石川県)や浅間・妙義山闘争(群馬県)など周辺住民の反対運動が起こり、また風紀の乱れも問題となっていった。
その後朝鮮戦争が休戦となり、極東地区に集まりすぎた米軍を見直す決定をアイゼンハワー大統領が下し、軍の首脳ジェームズ・バンフリート元陸軍大将の進言で日本駐留軍の大半が沖縄へ移設された…というのが、戦後のおおまかな流れ。
本書でインタビューを受けている海兵隊部隊史研究家のアラン・ミレット博士によれば、「沖縄移設はコストの問題が大きかった」「占領軍として市民と軋轢を生むことを避けるため隔離が必要、沖縄はそれに最適だった」という思惑があったらしい。
もちろん地元住民からは反対の声が強く上がったが、1952年のサンフランシスコ平和条約発効で沖縄は米軍の施政権下に入り、強引な土地接収が行われた一方*1、「どうせ接収されるならば」と契約締結にいたる自治体も出てきたことから「島ぐるみ闘争」の体勢が崩されていく。
本州では70年安保に向け、首都圏の米軍基地機能を横田基地に集約し、府中や立川、水戸などの米軍基地を返還させる「関東計画」が進められる。横田基地の地元でこれに反対する福生市には、自治体の身の丈を超えるカネが投じられた。
このあたり、原発行政とあい通じるものが…?


取材班が訪ねたアメリカ海兵隊司令官は、こんな風にインタビューに答えている。

「私が管轄する地域はアメリカのミシシッピ川からずっと西のインド洋、インドの東の国境までです。そのちょうど真ん中にあるのが日本です」
「沖縄の海兵隊は日本の防衛のためだけにいるのではありません。もちろん日米間の約束があるので、それは大きな部分を占めます。しかし、同時にアメリカの国益を促進するためでもあるのです」

沖縄は極東地域の拠点でもあるとともに、アメリカ軍が戦地(アフガニスタンイラクなど)や訓練へ赴く際の中間地点でもある。守備的な意味だけでなく、実際に戦争の足がかりとなっているのだ。
司令官はこうも言う。

「日本政府が沖縄から出て行ってくれと言えばいつでも速やかに出て行く。しかしそれが日本のためになるのか」


そんな沖縄に青天の霹靂のように降ってきたのが、2009年の鳩山民主党代表による「(普天間基地の移設先は)最低でも県外」発言だった*2
しかし、結果として民主党政権はこれをうやむやにしてしまう。折から行われた名護市長選挙では基地に反対する候補が勝ったが、この選挙結果を「斟酌しない」という政府の姿勢に、ある沖縄住民は「長い歴史の中で、こうやって沖縄は、ずっと本土から捨てられてきたんだよ。沖縄の問題がどれだけ根深いことか、これが沖縄なんだよ」と嘆息したという。

*1:本土の基地はほとんどが国有地だったのに対し、沖縄はほとんどが民間と市町村の土地であるというのも問題を根深くしている。

*2:本来沖縄にも有利なものだったはずの2006年の日米合意は、「Hatoyama Situation」で複雑化してしまった。