雲洞庵

年初から始まったNHK大河ドラマ天地人」は、新潟の魚沼あたりが出身の武将・直江兼続の生涯を描いている。この放送を受けて、新潟県内では「天地人」にあやかった観光振興がいろいろと行われている。
ただ一つネックなのは、直江兼続関連の史跡が新潟県内にあまり残っていないこと。正確には史跡はあるのだが、兼続自身後半生は山形の米沢に封じられ、さらに米沢に追封された主家・上杉家とともに生涯を終えたので、主要な関連史料(有名な「愛」の前立ての鎧兜も含む)はほとんど米沢にあるのだ。
そんな中、数少ない新潟県内の兼続関連史跡の一つである、曹洞宗の古刹・雲洞庵を訪ねた。

雲洞庵の山門をくぐると、本堂まで石畳が続いている(今の季節はご覧のとおり雪に埋もれているが…)。石畳の下には法華経の一字一字が刻まれた石が敷き詰められているそうで、この上を通るだけで御利益があるという。そのため江戸時代には「雲洞庵の土踏んだか(=雲洞庵を参拝したか)」というキャッチコピーが流布していたそうだ。

本堂の内部。幼い頃の直江兼続と後の主君・上杉景勝は、ともにこの禅寺で学問を修めた。
ちなみに雲洞庵そのものは奈良時代に創建された寺院を、時代がずっと下って室町時代関東管領上杉憲実が曹洞宗の寺院として再建したもので、その縁で上杉謙信の庇護を受けた。

座禅堂。窓を開け放してあるので、寒風颯々として清冽な空気。靴下を履いてはいたが、床板が凍るように冷たくて往生した。

資料館に展示してあったレアグッズ。ずた袋のようにも見えるが、れっきとした「上杉謙信公愛用の頭巾」。


本堂の裏側には池なのか水溜りなのか判然としない水庭があり、あちこちを小川が流れている、不思議な古刹だった。そのうち水ぬるむ季節になったら再訪してみたい。

雲洞庵
新潟県南魚沼市雲洞660(Google map