その二「消えてゆく灯り」

今日も今日とて残業。
黙々と作業をしていたら、気がつくと21時になっていた。
さすがに空腹を覚えた私は、会社の入っているビルの、道路を挟んで反対側にある中華料理屋に行くことにした。


窓際の席に通された私は、メニューを見ずに厨房のほうを眺めた。そこで他の客のために今まさに作られている料理から、今夜の注文を選ぼうと思った。
この中華料理屋の厨房には、中国人のコックが数人立っている。彼らはきれいに掃除された厨房のなかで、客の話す日本語をうつろな目で聞き流している。仲間うちで軽口を叩き合うときは中国語を使い、それはいつもケンカしているように聞こえる。
あるコックがしきりに隣のコックをからかっていた。からかわれたほうのコックは、火にかかった大きな中華鍋をしきりに揺さぶりながら、プリプリと怒ったふりをしていた。中華鍋の中身は、炒飯だった。


オーダーをとりに来た店員に炒飯を注文すると、私はぼんやりと窓の外を眺めた。そこからはちょうど私の仕事場が入っているビルが見えた。まだ全部のフロアの電気がついていた。
自分の働くビルの、明るい窓を見つめながら、そこで働く人はどんな人なんだろうと、わざと矛盾したことを考えてみた。すると偶然その瞬間に、最上階の電気が誰かによって消された。


厨房でコックが大声を上げた。隣のコックがまた彼をからかった。厨房の中に中国語が満ち溢れた。
中国語の泉から出てきた炒飯を食べながら、ふと窓の外を見やると、今度は自分の働くビルの、上から2番目のフロアの電気が消えた。


炒飯の半分を食べ終えたとき、上から3番目のフロアの電気が消えた。


残り2口で炒飯を食べ終えようというときに、上から4番目のフロアの電気が消えた。


お勘定を済ませてお店の外に出ようとしたとき、仕事場のビルの灯りは、すべて消えていた。真っ暗なビルの窓ガラスを見上げて、私はちょっと呆れた気持ちになっていた。
厨房の中からは、相変わらずケンカのように聞こえるコックたちの中国語が聞こえていた。