その一「駐車場、午前零時。」

ウダウダと残業して、さて帰るか…と車を停めている立体駐車場に行った。するとなにやら剣呑な雰囲気の中、先客(時間も時間だけに、「わけあり」風のカップルたち)がイライラしながら車を待っている。
駐車場の係員が私のほうへ寄ってきて「大変申し訳ございません」と謝りながら説明するには、システムトラブルのために機械が一切動かず、当然車も出せない状態だとのこと。「間もなく業者が到着すると思うのですが…」。
この時点で23時半過ぎ。今からではもう電車で家まではたどり着けない。


ここの立体駐車場では、以前も同様のトラブルに見舞われたことがあった。そのときはなんだかんだで1時間半くらい待たされた。
「仕方がないな」と私は肩をすくめると(ウソ)、とりあえずオフィスに戻ってもう一度仕事をしながらシステムの復帰を待つことにした。
いろいろとファイルを広げて「さてやるか」と準備が整った瞬間、駐車場の係員に番号を教えておいた私の携帯電話が鳴った。
「towerofthesun様、大変お待たせいたしました。ただいまシステムが全面的に復旧いたしましたので…」驚くべきことに、彼は確かに「全面的に復旧」という表現を使った。そんなに大仰なシステムでもないだろうに。
「…全面的に復旧いたしましたので、すべての車両が順次出庫しているところです」。こう言われては、私もすぐに向かわないわけにはいかない。いじりかけのファイルを保存して、あたふたと駐車場に走った。


駐車場に戻ると、剣呑わけありカップルたちの最後の一組の車が、ちょうど出てきたところだった。2つある出庫口のもう一方には、ドライバーのいない車がポツリと停まっていた。おそらく私と同じように連絡先を係員に告げ、どこかの店に入って時間をつぶしているカップルの車なのだろう。
私の前のカップルは、「ご迷惑をお掛けしました」と頭を何度も下げる係員を一瞥もせずに、乱暴にドアを閉めるとエンジンをスタートさせ、そのまま出て行った。


次は私の順番だった。
「towerofthesun様、大変お待たせいたしました、すぐに出庫いたしますので、そちらのソファにお掛けになってもう少々お待ちください」。係員の男性が、本当に申し訳なさそうな声で私に詫びを述べた。きっと私の前に順番を待っていた数組の剣呑カップルたちの中には、手ひどく彼を責め立てた人もいたのだろう。男性の目は、すまないという気持ちを通り越して、どこか怯えた表情を見せていた。
それを見て私は、少し暗い気持ちになった。