姉歯の松

いま松尾芭蕉の『おくのほそ道』を読んでいます。その中で見つけた「姉歯」という地名。…最近よく耳にする名前ですが、みちのくの地名にあったのですね。

十二日、平泉と志し、姉歯の松 緒絶(をだ)えの橋など聞き伝へて、人跡まれに、雉兎蒭蕘(ちとすうぜう)の行きかふ道そことも分かず、つひに道踏みたがへて石の巻といふ港に出づ。

5月12日に松島から平泉を目指して出発し、「姉歯の松」や「緒絶えの橋」という旧跡を探しながら歩いていたら、道に迷って石巻に出てしまった…という段です。


この「姉歯の松」というのは平安の昔から歌枕になっている松の古木で、宮城県栗原市金成町というところにあったそうです(今はその何代目かが植わっているとか)。
たとえば『伊勢物語』十四段にこんな歌が収められています。

栗原の姉歯の松の人ならば 都のつとにいざと言はましを

これは在原業平が都に戻るときに、「姉歯の松が人だったら一緒に帰ろうと誘うのになあ(人じゃないから一緒に行けないよ)」と詠んだもの。
表面の意味だけみると「鄙びた景色に別れを惜しんでいるのかな」とも思えますが、どうやら現地でできた女に対する別れの歌のようです。…つまり「お前なんか京に連れて帰れへんわ!」というわけですね。
最後の字余りに、その辺の乱暴さが見て取れるようで笑えます。