『にっぽん製』

にっぽん製 (角川文庫)
パリで知り合ったファッションデザイナーの美子と、柔道家の栗原との、奇妙な恋愛模様を軽いタッチで描いたラブコメディ。三島由紀夫にはこの系譜の作品群が実は割と多くあって(『夏子の冒険』、『複雑な彼』、そして先日取り上げた『命売ります』*1など)、「流行作家」三島の手すさびの仕事なのかもしれないけれど、後に何も残さないような他愛のないこれらのコントの中に、私は作者の本心や年相応の華やぎ、悲哀などを感じてやまない。


で、本作は何が「にっぽん製」なのかと思って読み進んでも、実ははっきりとタイトルの意図が分かるような場面が出てこない。あえて読み取るとすれば、パリの最新のファッションを日本流に加工(矮小化?)して輸入しようとする美子の取り巻き世界と、どこまでも純情で柔道に打ち込む「日本男児」としての栗原との対比で、何がしかの「にっぽん」を描こうとしているのかもしれない。

 卵が箱の籾殻の中から、丁度頭かくして尻かくさずといった具合に、ところどころに露出している。百ワットの裸電球を、田毎の月みたいに、それぞれのガラスの蓋にまばゆく映して、佃煮や煮豆の箱がいっぱい並んでいる。福神漬のにおいがする。そぼろ、するめ、わかめ、むかしの日本人は、粗食と倹約の道徳に着がねをして、こういうちっぽけな、あたじけない享楽的食品を、よくもいろいろと工夫発明したものである。

…このような表現に見られるのは、古き日本に対する三島なりの辛辣な愛情表現かもしれないが、結局のところ美子も、柔道の試合を応援するうちにそのような日本の気質に立ち返っていくことになる。

『愛というものは、もっとギラギラした、南フランスやイタリアの太陽のようなものだと思っていたけれど、こんな単純な、素朴で、静かなものなのかしら』
 と洋行がえりの彼女は洋行がえりらしいことを考えた。

…これはそのまま、この作品を物す直前に5ヶ月間の世界一周旅行を経験した、三島本人の感慨だったのかもしれない。