佐渡に狐はいない(続報)

先日見てきた狂言の「佐渡狐」の話をつれあいにしていたら、「ちょうどいま読んでいる本にそれに関連する記述があった」と教えてくれた。
アンガス・ウェイコットという人の書いた『佐渡を歩いて イギリス人のひとり旅(原題:SADO -Japan's Island in Exile)』という旅行記にあった一文。

 姿を変える動物は、たいていの国にいるものだ。北アメリカに棲むコヨーテは、おそらくもっとも有名だろう。だが日本ではこういう詐術の話になると、キツネを連想する方がはるかに多い。キツネの仕業については、日本中どこでも説話や伝説に語られている。ところがこの佐渡は、ムジナだけが活躍する地方なのだ。理由は簡単。佐渡にはキツネはいないのである。佐渡だけに伝わるある話を読むと、その訳がよく分かる。
《ある日、団三郎というムジナが佐渡から舟に乗り、昔の仲間に会いに本土へ渡った。彼が海沿いの道を歩いていると、キツネに出会った。
「おい、団三郎や」キツネが親しげな声で言った。「ぜひお前さんに会いたかったよ。おれもお前さんといっしょに住めるように、佐渡へ連れてってくれまいか。住み良い所だそうじゃないか」
 団三郎はしばらく考えてから言った。「いいとも。お前さんがお望みなら、連れてってもいい。だが、これは今教えといた方がいいな。ちょっと、なにかにうまく化けてみせろ。佐渡の人間はいろんな化け方に慣れてるので、うまくできねえと歓迎されねえぞ」
「ふむ、なるほど」キツネは言った。「おやすいことよ。おれにできることなら、なんでもお目にかけよう。まぁちょっと、なにに化ければいいか、言うてみろ」
「そうさな、お前さんに会うまで、おれは人間の旅人に化けようと考えとった。おれが履く下駄に化けてみてはどうだ」
「よかろう」キツネは言うが早いか、アッという間にりっぱながっちりした下駄に化けた。
 団三郎はその下駄を履き、海辺に下りて舟を見つけた。それから舟を水際に押し出して、跳び乗るとそのまま海に出た。
 岸から少し沖合に出たところで、彼は下駄を脱ぎ、舟べりから海に投げ込んでしまった。こうしてキツネは溺れてしまった。──それ以来、佐渡にはキツネはいないというわけさ》

この民話自体はなんだかよく分からないところもあるが、いずれにせよ、「佐渡にキツネはいない」という了解が割と広く知られていたからこそ、狂言佐渡狐」におかしさが生まれたのだろう。

佐渡を歩いて イギリス人のひとり旅 (とき選書)

佐渡を歩いて イギリス人のひとり旅 (とき選書)