『新源氏物語(下)』

新源氏物語 (下) (新潮文庫)
ようやく下巻を読了。源氏物語誕生1000周年の本年中に、何とか間に合ってよかった。
光源氏は壮年となり、「準太上天皇」の位を賜ることで臣下の身にありながら「院」の扱いを受ける。もはや人臣を超えた存在になってしまうわけだ。しかしそうした栄華と反対に、朝顔の斎院や尚侍(朧月夜)ら愛する女性が次々と出家し、女三の宮は(かつての光源氏の恋罪をなぞるかのように)柏木との間に不義の子(「宇治十帖」の主人公となる薫)を宿し、そして最愛の女・紫の上も長い病の後にみまかってしまう。
田辺版・源氏物語は、紫の上の死後、光源氏が出家を決意するところで筆がおかれる。


高校生の頃に本巻を読んだときには、若い頃の恋の火遊びを余裕を持って振り返り揶揄しあう晩年の光源氏と紫の上の関係が、ほとんど理想の夫婦像のようにも思えたのだが、いま読み返すと「源氏ってなんで病身の妻に浮気相手の女の話をして喜んでるんだろう? それが死期を早めたんじゃねーの?」などと思えてくる。
光源氏の子・夕霧の愛妻(恐妻)ぶりも、なにやら身につまされるから不思議だ。


興味深かったのは、病気になったときには加持祈祷で「憑き物を落とす」というのが当時の最先端の治療法だったのだが、その際に憑き物を病人から切り離して童(よりまし)に憑依させるというプロセスの描写。光源氏にまつわる女性を悩ませる憑き物は、ほとんどの場合は六條御息所の霊なのだが、それが乗り移った女の童が不気味に笑いながら御息所と源氏しか知らないことを口走る…という場面は、読んでいて空恐ろしかった。これに類することが、当時本当に行われていたのだろうと思うと不思議だ。
あと、病気のときに高貴な身分の人たちが、「ようやく柑子を口にした」などと表現されているのが興味深かった。やはり食欲がわかないときにデザートを食べるというのは、昔から変わらないんだなあ。