『スコッチと銭湯』

スコッチと銭湯 (ランティエ叢書)
ゆうべは義母の手作りコロッケをアテに、いささかビールを飲み過ぎた。早暁に目が覚めてしまい、妻子がスヤスヤと寝息を立てている隣で、旅に携行してきた『スコッチと銭湯』を読みあかした。詩人で初期ミステリの翻訳も多い田村隆一氏のエッセイ集。
タイトルで分かるように、氏は酒(とりわけスコッチ)と銭湯を何よりも愛していた。本作の前段は、スコッチの生地スコットランドディスティラリー(蒸留所)を巡った紀行文を軸に、酒に関する氏の姿勢をつらつらと。そして後半では吉本隆明氏や山田洋次氏との意外な交流を、銭湯と東京の古きよき下町を舞台に描く。
私も新婚旅行でスコットランドディスティラリーを回ったほどのスコッチ好きなので*1、いくつか自分も訪れた蒸留所の名前を見付けては、懐かしく彼の地で飲んだウィスキーの味を振り返った。


ところで、この本を読んで「オールド・パー」というブレンデッド・ウィスキーの名前の由来となった、「パーじいさん」について初めて知った。この人は152歳まで生きたという英国の伝説上の人物なのだそうだ。

 パーじいさんの名前はトーマス・パー。一四八三年二月、スコットランドの寒村の農家に生れ、一六三五年十一月十五日、ロンドンで埋葬されている。なんと一五二歳。その生涯に、イギリスの王は、エドワード四世、エドワード五世、チャールズ三世、ヘンリー七世、ヘンリー八世、エドワード六世、クイーン・メアリー、クイーン・エリザベス、キング・ジェイムス、キング・チャールズの十人の王が治世にあたっている。
 (中略)一五六三年、彼は八〇歳ではじめて結婚する。
 (中略)一六〇五年、妻がこの世から立ち去るが、一二二歳のパーじいさんは、驚くなかれ、再婚するのだ。それから三〇年またたく間に過ぎるのだが、その奇跡的な長寿ぶりがイングランドにまで伝わることになり、一六五三年の春、チャールズ一世の宮廷に招かれることになってしまった。(中略)宮廷では、ルーベンスとヴァンダイクが彼の肖像画を描くことになる。「オールド・パー」のボトルには、そのときのルーベンスの肖像画のラベルが貼られていることは、ウィスキーの愛飲家ならとっくにご存じだろう。

ウェストミンスター寺院には、チョーサーやミルトン、シェークスピア、ワーズワースバイロンら偉大な詩人たちと並んで、トーマス・パーの墓がいまに残っているのだという。

ミス・マープルが活躍できるのは
何世代の人びとが住みついている生きたコミュニティがあったからだ
コミュニティが分解すれば
善悪の垂直軸で呼吸している人間もまた
分解する
人間の典型は十九世紀的概念だが
その概念が破産すれば
意識の流れのなかに
諸断片となった人間は
金色のウイスキーを飲みながら漂うだけにすぎない
(「夜明けに目ざめ身を潔めてから」より)

*1:2005年6月26日同27日同29日あたりの日記を参照。