『夏子の冒険』

夏子の冒険 (角川文庫 緑 212-6)
三島漬け第8弾。
三島由紀夫─剣と寒紅』*1によれば、この作品は『禁色』と同時期に書かれていたそうだ。三島由紀夫は、『禁色』を書いた翌日は『夏子の冒険』を書く…というふうに交互に執筆していたという。
それも納得の、力の抜けた娯楽作品。「週刊朝日」誌に連載されたもの。


主人公の夏子は自由奔放なお嬢様で、ある日突然「函館の修道院で尼さんになる!」と言い出し、困り果てる母、伯母、祖母らとともに函館に向かう。ところがその途上で出会った猟銃を抱えた青年に心をひかれた夏子は、青年が「仇」として追いかける人食い熊を退治するべく、青年と一緒に支笏湖周辺のアイヌ集落へ向かう…。


振り回される母・伯母・祖母の3人の描写が秀逸なコメディータッチで、どこか昼ドラを見ているような感じすら覚える。
大体設定からしてムチャクチャなのだが、昭和20年代の函館、札幌、千歳、支笏湖周辺あたりの風俗が垣間見られて面白い。アイヌ古潭(アイヌの集落のこと)の中は、古くからのアイヌ家屋が禁止されてバラック小屋の寄せ集めになっていた…などという記述も見られた。


それから、そういう目で見るからかもしれないが、『禁色』と共通するような箇所も散見された。

 二人はまず気分を新たにするために、快晴の午前の駅前通りの靴磨きに靴を磨かせた。

夏子と青年が札幌に降り立ったときの記述なのだが、これは『禁色』のラストで悠一が俊輔から莫大な財産を譲り受けることになり、ふらふらと街へ出て『まず靴を磨いて……』と思いつくのと、通じるところがある。三島の中では「靴を磨く=気分を一新する」という固定イメージがあったのだろうか?


後、昭和28年に中村登監督、角梨枝子主演で映画化されているが、この作品は日本で2番目のカラー映画だとか。