『猫と馬の居る書斎』

猫と馬の居る書斎
今日は東京競馬場オークスが開催された。来週はいよいよ日本ダービーが行われる。競馬の世界では春のGIシーズン真っ盛り。
筆者の柳瀬尚紀氏は著名な英文学者なのだが、中央競馬ファンには、GIレースの日にレーシングプログラムで「馬名プロファイル」を書いている方として有名。


柳瀬氏は、他言語には翻訳不可能とまで言われていたジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を個人で堂々完訳したことで知られる。
フィネガンズ・ウェイク』がなぜ翻訳不可能と言われていたかというと、英語の俗語はもとより、さまざまなヨーロッパ言語を混淆させ、掛詞や洒落が入り組んだ独特の「ジョイス語」と呼ばれる文章で書かれているからだ。他の言語に直訳してしまっては、粗筋は翻訳できても、元のニュアンスが消えてしまう。
そこで柳瀬氏はどうしたかというと、ジョイスの言葉遊びを、そっくり日本語の言葉遊びに移し変える試みをしたのだ。ジョイスがアナグラム(文字並び替え)をしていたら、柳瀬氏は日本語でもアナグラムをする。ジョイスが掛詞を使っている箇所は、日本語でも駄洒落を用いて訳す。…といった具合に。
それは最早「逐語訳」でも「意訳」でもない、半ばジョイスと柳瀬氏の共作ともいえる作品になっている(…らしい。『フィネガンズ・ウェイク』自体を読んだことがないので)。


そんな筆者が、『書斎の競馬』誌や『優駿』誌に連載していた競馬に関するエッセイをまとめたものが、本作。例によっていろいろな馬の名前のアナグラムや掛詞で遊んでいて、それにちなんだ馬券を買っているのだが、これではほとんど的中しないだろう…。


読んでいて、筆者はホルヘ・ルイス・ボルヘスの著作の訳も手がけていたことを知った。私が小学生くらいのときに愛読していた『幻獣辞典』も、なんと柳瀬氏の訳ではないか。
幻獣辞典 (晶文社クラシックス)
氏はボルヘス本人にも会ったことがあるのだという。その折ボルヘスは、「俳句と俳諧の違いは何ですか?」と英語で質問してきたのだとか。
現行の『幻獣辞典』の表紙の絵は、『不思議の国のアリス』に出てくる「チェシャ猫」の絵だが、柳瀬氏は『アリス』も訳していて、なおかつ無類の猫好きである。
不思議の国のアリス (ちくま文庫)鏡の国のアリス (ちくま文庫)