『ビギナーズ・クラシックス おくのほそ道(全)』

おくのほそ道(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
ご存知俳聖・松尾芭蕉の代表作に、現代語訳はもちろん、引用されている古歌や紹介されている土地の解説などを付した、文字通りビギナー向けの入門書。「姉歯の松」の話*1も、この本で読みました。


正月に金沢に帰省するにあたり、なにか故郷にちなんだ本を読みたくなって、この本を手にしました。芭蕉が金沢で詠んだのは以下の句。

塚も動け わが泣く声は秋の風
秋涼し 手ごとにむけや瓜茄子
あかあかと日はつれなくも 秋の風

皮を剥く…というのは、焼き茄子かな? この句は生活の中の俳諧味が出ていて良い句だと思います。
「塚も動け」の句は、金沢に住んでいた芭蕉の門弟の小杉一笑という人を訪ねてみたら、前の年の冬に早世していたようで、それを悼んで詠まれた句です。一笑さんは、昨年の大晦日に私が除夜の鐘を撞かせてもらったお寺の門徒さんだったそうです。


この本を読んで今更ながらに知ったのが、人口に膾炙している芭蕉が松島で「松島や ああ松島や 松島や」と詠んだ…という話は、後世に創作された逸話だということ。恥ずかしながらこの句、ずっと芭蕉の作と信じておりました。
実際には、芭蕉は松島では「造化の天工いづれの人にか筆をふるひ詞を尽くさむ」「予は口を閉ぢて眠らんとしていねられず」と、あまりの絶景に句作ができなかったと書いています。


『おくのほそ道』の中で私の好きな句を二つ。

荒海や 佐渡に横たふ天の河

越後路にて。眼前に広がる日本海と天上の銀河の対比が凄いですね。

一つ家に遊女も寝たり 萩と月

越後と越中の国境近く、市振で投宿したところ、一間隔てた部屋から遊女と付き人の声が聞こえてきた。同じ宿に、世を捨てた自分のような人間も泊まっていれば、色の世界に生きる遊女も泊まっている…。旅先でのちょっと色めいたエピソード。
芭蕉伊勢参りの途中だという遊女に「心細いので途中まで見え隠れでも結構ですから同行させてください」と頼まれますが、「我々(芭蕉曾良)はあちこち寄り道しながらの旅ですので」とやんわり断っています。とはいえ、「あはれさしばらくやまざりけらし」と、後で「かわいそうなことしたかな」と気を病んでいるのです。
私だったら即OKしますけどね。