『百物語』

百物語 (新潮文庫)
杉浦日向子さんの訃報を耳にして、すぐにアマゾンで注文。

江戸時代、隠居生活を送る老人が、「年寄りの侘住、退屈でならないから何ぞ珍しい話でも聞かせておくれ」と、寓居を訪なう人々から怪異を聞くという趣向。
「日常と地続きの怪異」というスタンスが、非常に江戸的だと思った。街灯もランプもない江戸の夜、部屋のなかまで入り込んでくる真の闇に、昔の人はさまざまな怪異をごく自然に見たのだと思う。
それを表す端的な表現が「其ノ九十六 フキちゃんの話」にあった。

江戸吉原 角玉屋の幽霊話。
男には見えないので、客や若い衆には分からない。
普段は、賑やかな座敷に現れて、鴨居の辺りを回るばかりで温和(おとな)しい。
いつしか二階の小母さんが、「フキちゃん」と呼ぶので、皆がソウ呼んでいる。
「いくら幽的だッて一緒に住んでンだもン、名前位なくッちゃ。」

この感覚なのだ。


さらに、おそらく杉浦さんご自身の人生観ともいうべき言葉が、「其ノ九十三 借り物鳥の話」で語られていた。

ご隠居が珍しい話を聴きたがっていると知って、不思議な夢の話をしに来た、とあるご内儀は、「ばからしい夢、じゃあねえかしら。」と照れ隠し。
するとご隠居は言う
「ナンノ。この世は不思議だらけじゃ。世の中からすりゃ、人間なんざヤヤさまのようだわナ。ようよう目が開き言葉を覚えて歩いたと思やァ、モウ、老いて天命サ。あと三百年も寿命があれば、少しは物事が解るようになるやも知れぬがの。」


…百物語は「其ノ九十九」で幕を閉じており、この作品を最後に、杉浦さんは二度と漫画を描かなかった。