『世界ケンカ旅』

世界ケンカ旅 (徳間文庫)
極真空手創始者の大山倍達氏による、世界を股にかけた武者修行時代の自伝。シカゴ、NY、マイアミ、ブラジル、香港、東南アジア、イラン、フランス…どこまでが真実で、どこからがフィクションなのか? 虚々実々の「ケンカ旅」の数々。
渡米した氏が欠かさずホテルで行った訓練とは、眼突きと膝蹴り(金的)の練習だった。反日感情もあったのだろうが、「kill the Jap!!」と怒号が飛び交うホールで、空手のデモンストレーションを行う毎日は、とにかくサバイバルの連続だったようだ。
その一方で、各地で艶っぽい話にも巻き込まれているのが、さりげなく挿入されている。ラスベガスでは全裸の金髪美女に歓待を受け、そのうち一人とステディな関係になってNYでしばしの甘い生活をむさぼったり。
しかしその関係も、NYのギャングに引き裂かれることになる。単身ギャングのアジトに乗り込んだ大山氏は、こんなハードボイルドなやり取りを交わす。

「生きて帰れるつもりなのか?」
小柄な男が訊いた。
私は、ポケットをまさぐって、二十五セント玉を一枚とり出した。右手の、三本の指で貨幣をつまんで、私は思いきり力を入れた。ひんまがった白い二十五セント玉を、私はテーブルにはうり出してみせた。むろん、心理作戦だ。
「生きて帰れるかどうかは知らんが、少なくとも、最初にわたしにとびかかってくるやつだけは、間違いなく殺してやる。わたしも死ぬかもしれないが、あんたのほうも、少なくてひとり、あるいは八人ぜんぶが死ぬかもしれない」
私は言った。
「八人のナイフに勝てるつもりかな?」
「わたしはこれまでに、何十頭もの牛を、素手で殺してきた男だ。ナイフで、牛を殺せるとしても、多少の時間はかかるだろうな。そのあいだ、牛はじっとしていないということだ。この意味がわかるか?」

…全体を通して、このタッチなのだ。ハードボイルドの長編小説を読んでいるかのような気分になる。


ただし、大山氏は単に自分の強さを確かめたくて世界を旅して回ったのではない。各国に極真空手道場を開き、極真空手を広め、もって平和の心を広めたかったということだ。

極真空手の道は平和の道である。次の世代のために空手の道を平和の道にしなくてはならない。
戦争のない平和にしなくてはならない。これが私の極真空手に賭けた念願であり夢である。