『命売ります』

命売ります (ちくま文庫)
久々に三島由紀夫を読みたくなって、書棚から未読作品で軽そうなところを一冊引っ張り出した。予想通り、あっさり読み終わった。
意味もなく自殺を図り失敗した広告代理店勤務の青年・羽仁男が、自分の命を売るという商売を思いつき、新聞に広告記事を出す。アパートの扉には「ライフ・フォア・セイル」の看板。いくつかの依頼が羽仁男のもとに舞い込むが、死ぬのは相手ばかりで青年は欲しくもない多額の報酬を手にするだけ。そんななか、「ACS(アジア・コンフィデンシャル・サーヴィス)」なる謎の組織が、羽仁男の周りにちらつき出す…。
「プレイボーイ」誌で連載されていたというのもなるほど、軽やかでナンセンスでエログロ趣味のミステリタッチ。文学性も何もない、それこそ村上春樹言うところの「文化的雪かき仕事」なんだろうけど、たまにはいいじゃない。こういうときの三島の筆は力が抜けていて、プロットもがちがちに凝っておらず、なんというか素の状態が垣間見えるようで楽しい。
そしてその素の状態のなかに、ハッとするようなアフォリズムや、後の三島の行動を暗示するかのような台詞が、時折姿を見せるのである。

 世界が意味があるものに変れば、死んでも悔いないという気持と、世界が無意味だから、死んでもかまわないという気持とは、どこで折れ合うのだろうか。羽仁男にとっては、どっちみち死ぬことしか残っていなかった。