『アジアンタムブルー』

アジアンタムブルー (角川文庫)
持ち直してきたとはいえ、愛息が毎晩約1時間おきに咳きこんだり泣きわめいたりして目を覚ますので、私もほとんど熟睡できない。しょうがなく、病院の本棚から何気なく手に取った本書を夜中にパラパラ読んでいたら、一晩で読みきってしまった。
単純に言ってしまえば「ある日突然ガンで余命数ヶ月と宣告された彼女を、南仏ニースまで連れて行って最期を看取り、その後腑抜けのような生活を送っていた主人公が、ふとしたきっかけで“生きよう”と思い直す」…という話。
「ガン」「海外逃避」「喪失」「回想」といったキーワードや構造が、そのまま『世界の中心で、愛をさけぶ』と相似形なのだが*1、文章の質としてはこちらの方が完全に上。…とはいえ、「恋人を失った男が立ち直る話」という、それこそ古今東西で何度も繰り返し語られてきたモチーフをわざわざ引っ張りだしてきて、そこにニースの旅景や数々の不思議な死の話、「your song」「every breath you take」といった80年代ポップスを小道具として散りばめてみたとて、それで陳腐さから脱しているとはとても思えない。同工異曲から一歩抜きん出るサムシングは、全く感じられなかった。
ちょっと気になったのは、死体の話が、それも轢死体の話がやたらと出てきたのだが、これは一体何だったのだろうか? 主人公からして生きながら死んでいるような状態なのだが、この小説は生と死の話というよりも、生命が全てが死んだ世界の話としか思えなかった。生命力もリアリティーも、ちっとも感じ取れないのだ。


ちなみにタイトルの「アジアンタムブルー」とは、町の植え込みなどで見られる植物のアジアンタムを襲う、枯死の危機のことを言うらしい。アジアンタムの憂鬱。直射日光を浴びすぎてチリチリになってしまった葉は、二度と元には戻らないそうだ。
主人公はその憂鬱から抜け出せたのか、それとも一度憂鬱に見舞われてしまったから最早抜け出すことができないのか…?

*1:アジアンタムブルー』の発表は2004年、『セカチュー』の発表は2001年