ワインと米

今年の米価が決定されたからか、稲刈りのシーズンだからか分からないが、ここにきて日本の稲作の話題がメディアで多く取り上げられている。米輸入自由化に伴って外国産の安い米が流通するようになると、日本産の米が消費者に買われなくなって、日本の零細な稲作農家がつぶれてしまうのではないか、といった危惧の声が多い。
ある人はそれを「市場原理に伴う調整だから仕方が無い」と言ってしまうが、これは市場原理だけで割り切れる話ではないと、個人的には思っている。
別に『美味しんぼ』あたりに影響を受けた「食べもの国粋主義」を標榜するわけではないし、スローガン先行の「食育」やら「地産地消」を推進したいわけでもない。ただ、日本人の季節感やそれに根ざした文化の多くは、稲作と切っても切れない関係にある以上、じゃあその稲作がどんどん衰退していったときに、日本の文化はどうなっていくのだろう…と危惧するからだ。五穀豊穣と関係なく行われるお祭りは虚しいだろうし、田園風景を知らずにそれらを描いた芸術・文学を考えることは難しい。


では他国ではいったいどうなのだろう? …といったことを考えるとき、私がすぐに頭に思い浮かべたのが、フランスにおけるワイン作りのことだった。ワイン作りもまた、フランスの文化と切っても切り離せないものだが、最近は南北アメリカ産やオーストラリア産などの安くて美味しいワインに押されているという。
フランスのワイン農家は、それでも乗り切れるのだろうか? それとも国が何らかの対策をとっているのだろうか?


…といった疑問を持っていたところ、今日のNHKクローズアップ現代」で「フランス ワイン危機」という実にタイムリーな特集をしていた。

世界のワイン生産の65%を占めるヨーロッパのワイン産業がいま危機的な状況に追い込まれている。南米やオーストラリア、アメリカなどのいわゆる「新世界ワイン」と呼ばれる安価なワインに急速に市場を奪われ、多くのブドウ農家が廃業に追い込まれる事態となっているのだ。
さらに、追い打ちをかけるように、EUは、今年7月、これまでのワイン産業に対する保護政策を大きく転換、補助金の廃止やブドウ畑の減反、そして新規参入の自由化といった大胆な改革案を打ち出した。グローバル化の中、競争原理によってワイン産業を復活させるというのが狙いだが、こうした改革が進めば、小規模な農家と醸造所が長年伝統を守ることで育んできたヨーロッパの多彩なワイン文化が失われることになるのではないかという懸念も広がっている。
大きく揺れるヨーロッパのワイン産地のいまを描く。

ここに書かれている「EUによる保護政策」というのは、なんと売れ残りのワインをEUが買い取って廃棄する…つまり本来捨てられるものにお金を出してワイン産業を保護しているもので、すごいことをしているな〜と思ったが、日本で国が米を買い取って古米として備蓄しているのも似たり寄ったりかもしれない。
日本による米と同じく、フランスでもそもそもワインの消費量が減ってきている状況に加えて、新世界の安くて美味しいワインがシェアをどんどん占有するようになってきているという。「それでもフランス人のことだから、愛国心や味へのこだわりから自国産を選ぶのではないか?」と思ったら、消費者は冷徹なもので、インタビューに答えたある女性は「新世界ワインのほうが安いからそちらを買う。フランス産は高すぎる」と言っていた。まあそうなるだろうな。


こうした窮状に対するフランスのワイン農家の対応として、番組では2つの方向性を紹介していた。
1つは、新世界ワインと同じ路線をとる「カジュアル化」の流れ。これまで敷居が高かった国内産ワインをもっと親しみやすいものにするべく、コルクのキャップをスクリューキャップにしてみたり、ガラス瓶より軽くて扱いやすいペットボトルに詰めて(!)輸送コストを下げてみたり、いろいろ試行錯誤が行われているという。
もう1つはこれとは対照的に、とことん「産地のこだわり」を追求したワイン作りの流れ。ある産地でだけ作られていて忘れられていたブドウ種をもう一度復活させたり、他の地域では真似できない独特のワインを作ることで、新世界ワインに対抗しようというものだった。
しかしどちらにせよ、消費者が「高すぎる」といって背を向けてしまえば、産業としてのワイン作りはフランス国内でどんどん衰退し、生き残った一部の希少で高価なワインも、マニアやお金持ちだけに喜ばれる嗜好品となってしまうだろう(もちろんワインはもともと嗜好品なのだが)。


結局のところ、食の安全性の問題やフードマイレージの問題、そして究極的にはどちらが美味しいかといったことを含めて、消費者自身が自国の食に関する関心を高め学習を深めていくしか、問題の本質を解決する手立てはないのかもしれない。
それらをすべてクリアした上で「国内産より外国産のほうが良質である」というのなら、それをチョイスすることにもはや異論は起きないだろう。