『ふたり』

ふたり (幻冬舎文庫)
たまってきたしょうもない本をバーッと読んでしまおう。これは約2時間で読み終えてしまった。
1996年に発行され大ベストセラーとなった、俳優の唐沢寿明さんの自叙伝。ブクオフ105円。
唐沢さんというと「愛という名のもとに」をはじめとした「トレンディードラマ」で名前が売れたため、典型的な好青年として見られている。しかし本人いわく、厳しい父への反発から家を飛び出し、俳優になるために高校もドロップアウト。伯母の家に転がり込んで、そこもろくに居着かずに新宿の街をうろつきながら、それでも俳優になる夢だけは諦めずにいた、苦労人なのだという。


そんな半ば落伍者だった頃、妙な自信だけを頼りにあちこちのオーディションを受けまくっていた頃の話が面白かった。
森田芳光監督の「メイン・テーマ」で、主役のオーディションで最後の10人にまで残ったが、最終選考に落ちたのが悔しくてどんな奴が採用されたのか外で待ち伏せしていたら、ビルから出てきたのは面接で「将来なりたいのはサラリーマンです」と変なことを答えていた野村宏伸だったとか。
ある映画のオーディションで「とにかく目立てばいい」と面接官の前でいきなりバック宙をしたり、原作者を無理やり訪ねて売り込みをしたが駄目だったとか。
映画「優駿」の主役オーディションでも緒形直人、加藤雅也とともに最終選考に残ったが「泣き」の演技を試されて空回りに終わったとか(最終的に選ばれたのは緒形直人)。
ジム・ジャームッシュの「ミステリー・トレイン」で、監督に「好きな俳優は?」と聞かれ「緒形拳さんです」と答えたが、「知らない」と言われキレそうになったとか(永瀬正敏が選ばれる)。

「人は何度か死ななければならない」という。死ぬとは、自分のエゴをすべて捨てて、相手に自分を委ねることだ。自分で自分をわかることほど難しいことはない。人は自分ではわからないいろいろな部分を持っている。だから、自分はこうだと自分自身で決めつけないで、相手に任せてみる。そのとき初めて、自分以上の自分が引き出される。 何度かオーディションを重ねるうち、こんなことがわかってきた。でもそれはずっとあとの話だ。

そうしてある人からのアドバイスで、「ポロシャツにジーンズの好青年」というキャラが自分に似合うことを知った唐沢さんは、この頃から芸名を本名の「潔」から「寿明」に変え、「さわやか」「トレンディー俳優」と世間から思われるもう一人の「唐沢寿明」という自分と、「ふたり」で芝居の道を歩み始めたという。


もちろんタイトルの「ふたり」にはもう一つの意味がある。それは後に結婚した山口智子さんとの「ふたり」の意味だ。
山口さんの自宅マンションに宅配便を装った暴漢がやってきて、間一髪のところで唐沢さんが危機を救った暴行未遂事件の話も割となまなましく書かれていた。


あと売れない時代のドサ回り中、あるデパートの屋上でキャラクターショーをやっていて、少女の飛び降り自殺の現場に居合わせた…という話が乗っていた。「その晩は眠れなかった」とか書いてあったが…。
この本を読んでからは、唐沢さんの奥底に何か「暗い陰」みたいなものを感じるようになってしまうかもしれない。それは役者としてはいいことだと思うのだが。