『定訳 菊と刀』

菊と刀―日本文化の型 (現代教養文庫 A 501)
和訳の文章が仰々しいのでつっかえつっかえしながら読んでいた『菊と刀』、ようやく読了。
一部に「そりゃ誤解だろ」と思われるような記述も散見されたが、先にも書いた*1ように、ベネディクト女史が一度も来日せずにこれだけの研究をものしたことは、驚異的に思った。全体としては、いろいろと示唆に富む内容の本だった。


日本人は「自分のあるべき位置にあることを大事にする」民族だ、という指摘が興味深かった。「あるべき場所」とは、家、生まれ、職業、性別、年齢などによっておのずと定まる、周囲がその人に期待するような所作なり考え方なりのことで、それを逸脱すると白い目で見られてしまう。
そしてその「ふさわしい位置」をうまく色分けし住み分けるために、言葉遣いやお辞儀の仕方など、数々の(欧米人からは奇異に感じられる)細かな礼儀作法が仕組まれている、というのだ。
また、「恩」と「義理」という2つの日本独特の考え方について言及している段も興味深い。これはそのまま任侠の世界だ。(古いタイプの)日本人がヤクザ映画や寅さんを好むのは、そこに「日本文化の型」が見られるからだろうか。
後半、日本人の民衆の生活について触れている章が面白かったが、しかしこれはあらゆる階層をごちゃまぜに考えているところが、少々難だと思った。


いくつか心に残った記述をメモしておく。和訳が読みにくいのは勘弁を。

 かようにして明治の政治家たちは、…(中略)彼らはほかの分野とおなじようにここでも古いカースト制度を捨て去ったが、それが軍隊では常人の生活よりも徹底して行われた。軍隊では日本流の敬語さえ廃止された(もっとも実際にはむろん古い習慣が残っているけれども)。また軍隊では家柄ではなくて、本人の実力しだいで誰でも一兵卒から士官の階級まで出世することができた。…(中略)それはたしかに、新しくできた軍隊のための一般民衆の支持を得る最良の手段であった。…(中略)軍隊は多くの点において民主的地ならしの役目を果たした。また多くの点において真の国民軍であった。他の大多数の国ぐににおいては、軍隊というものは、現状を守るための強い力として頼りにされるのであるが、日本では軍隊は小農階級に同情を寄せ、この同情が再三再四軍隊をして大金融資本家や生産資本化たちに対する抗議に起たしめたのである。

戦前の日本で起きたいくつかのクーデターを、こんな視点で読み解くと面白いのかも。

 …西欧人が、この皇統連綿ということは欺瞞である、皇位継承の規則がイギリスやドイツの王位継承の規則に合致していないではないかと、意義を申し立てても無駄である。日本には日本独自の規則があった。そしてその規則によれば皇統は「万世」一系であったのである。日本は、有史以来三十六の異なった王朝が交替した中国ではなかった。日本は、今までにかずかずの変遷を経てきたが、そのどの変革においても、決してその社会組織が支離滅裂に破壊されたことがなく、常に不変の型がたもたれてきた国であった。維新前の百年間に反徳川勢が利用したのはこの論拠であって、天皇神裔説ではなかった。…(中略)彼らは天皇を国民の最高司祭に祭り上げたが、その役割は必ずしも神であることを意味しない。それは女神の裔であるということよりもいっそう重要なことであった。

最近の「女系」天皇問題で出てくる、「万世一系」的な論説について、考える助けとなるような考察。

 日本人はその侵略の根拠を他のところに求める。彼らはぜひとも世界の人びとから尊敬を受けることを必要とする。彼らは大国が尊敬をかち得たのは武力によってであったことを見てとり、これらの国ぐにに匹敵する国になる方針を取った。…(中略)彼らは非常な努力を傾注したにもかかわらずついに失敗したのであるが、それは彼らにとっては、結局侵略は名誉に到る道ではなかったということを意味した。「義理」は常に侵略行為の行使と、敬譲関係の遵守とをひとしく意味していた。そして敗戦にさいして日本人は、明らかに自分自身に心理的暴力を加えるという意識を全然もたずに、前者から後者へ方向を転じた。目標は今なお依然として名声を博することである。

太平洋戦争の根拠は「世界の尊敬を勝ちえること」で、敗戦後も「目標は依然として名声を博すること」という見方は面白いと思った。


ちなみに以前この日記でも感想を書いた*2内田樹の『街場のアメリカ論』でも繰り返し引用されていた、アレクシス・ド・トクヴィルのアメリカ訪問記『De la démocratie en Amérique(アメリカのデモクラシー)』。
『街場の…』での引用部分を読んで内容に感心したものだったが、この『菊と刀』でも引用されていた。浅学にして知らなかったが、どうやらこの(どの?)分野では相当に重要な古典らしい。
アメリカのデモクラシー (第1巻上) (岩波文庫)アメリカのデモクラシー〈第1巻(下)〉 (岩波文庫)
岩波書店が、2巻をそれぞれ上下分冊して現在刊行中らしい。今度買って読んでみようか。