『ノストラダムスの大予言 迫りくる1999年7の月人類滅亡の日』

ノストラダムスの大予言―迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日 (ノン・ブック 55)
五島勉・著。年末恒例の「たけしのTVタックル」を見てて、懐かしくなって古本屋で購入。小学生のとき以来、実は読むのはこれが2回目だったりする。


発行以来書店に注文が殺到し、一時は品切れになるほどの一大センセーションを巻き起こした本書。その凄まじさは、今回入手した古本の奥付を見るとよく分かります。

昭和48年11月25日 初版発行
昭和49年5月5日 253版発行

半年で253版って…!


ノストラダムスについては、すでにさんざん語りつくされて、というかいまや忘却の彼方に消え去ろうとしているわけですが、ここでもう一度おさらいを。

ミシェル・ド・ノートルダムノストラダムス

  • 16世紀フランスの医師・予言者。1503?-1566?
  • 当時ヨーロッパで大流行したペストを、強いブドウ酒による殺菌と町中のネズミを焼き殺すという、後世の治療法を予見したかのような方法で抑えた(と言い伝えられている)。
  • その予知能力から時のフランス国王アンリ2世や王妃カトリーヌ・ド・メディチに重用され、王の死を予言し的中させた(と言われている)。
  • 4行詩(「カトラン」)を各巻に100篇づつ、計12巻にまとめた『諸世紀(Les siecles)』という本を発行。その詩は、未来に起こる様々な出来事を予言したものだと言われている。

その『諸世紀』の中でも特に有名なのが、第10巻72編の次の詩。

1999の年 7の月
空から恐怖の大王が降ってくる
アンゴルモアの大王を復活させるために
その前後の期間、マルスは幸福の名のもとに支配に乗り出すだろう
L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois,
Du ciel viendra un grand Roy d'effrayeur,
Resusciter le grand Roy d'Angolmois,
Avant apres, Mars regner par bonheur.

訳は五島氏によるもの。っていうかそもそもフランス語に暗い私なんかには、微妙なニュアンスも含めて、この訳が正しいのかどうかの評価すらできないんですけどね。
五島氏は欧米の様々なノストラダムス研究者(いるんですね)の解釈を引用しつつ、この詩は自動車や飛行機、石油化学工業などにより引き起こされる公害のために、光化学スモッグ酸性雨、遺伝子異常などが発生し、世の中が大混乱に陥り人類の大部分が死滅するすることを指し示している…と推測しています。


筆者の論法は一貫していて、まずポンと『諸世紀』の中の詩を一つ出して、「これだけだと意味不明なたわごとに見える」と言っておき、「ところがこの詩にはこんな現実の事件との附合があって…」と牽強付会なダジャレとも言える解釈*1を行い、最後に「これだけ事実を言い当てているのだから、人類の滅亡を予言した第10巻72編の内容も、必ず現実のものとなる」と締めくくるのです。


とはいえ、最初から最後まで通して読むと、五島さんが結局言いたかったのは、現代文明への批判だったようで。

 なお、この本の内容については、発行以来、現代への警告として受けとった、という多くの反響とともに、批判もよせられている。それは一部のジャーナリズムや、一部の学者からの声で、四百年前の変人のどうとでもとれる詩を現代とむすびつけて解釈するのはおかしい。この本はそういう非科学的な解釈でいたずらに終末ムードをあおっているだけだ、そういう批判である。
 …(中略)私は、(中略)欧米の研究者たちの解釈もとり入れながら、論理的に妥当と思われる解釈をこころみたにすぎない。たしかに、予言とは非科学的なものだが、人類を現在の危機にまで追い込んだ主犯の一人が科学(とそれにむすびついた技術)であることを思うとき、私たちはやはり、ノストラダムス予言を、反省への大きなきっかけとして受けとめたいと考えるのだ。 (序文より)

これって結局「逃げ」とも受けとれるんですけどね

*1:「∵」←こんなふうに点が3つあると人の顔に見える、という話がありますが、それと同じ感じ。ノストラダムスの詩も、なんせ1200句4800行もあった(一部紛失)のですから、少しでも現実の出来事に関係がありそうなポイントがいくつかあると、まるで最初からそれを意図して書いてあるかのように思えるのでしょう。