『銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎』

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎
もともと生物学の学士からはじまり、生理学、進化生物学と研究を広めるなかで、ニューギニアでのフィールドワークを行っていた筆者の前に、現地の住民が「なぜニューギニア人は西洋から多くのものを持ち込まれたのに、ニューギニアから西洋に広まったものは少ないのか」という疑問を突きつけられたことが、筆者が本書のテーマを真剣に考える発端となる。

世界のさまざまな民族が、それぞれに異なる歴史の経路をたどったのはなぜだろうか。本書の目的は、この人類最大の謎を解明することにある。

たしかに、現代世界の不均衡を生み出した直接の要因は、西暦一五〇〇年時点における技術や政治構造の各大陸間の格差である。鋼鉄製の武器を持った帝国は、石器や木器で戦う部族を侵略し、征服して、滅ぼすことができたからである。では、なぜ世界は、西暦一五〇〇年の時点でそのようになっていたのだろうか。

ここで書かれている「西暦1500年時点」というのは、大航海時代と呼ばれる西洋文明の「新」大陸発見および征服の過程が生じた世紀のことであり、その最も象徴的な出来事は1532年11月16日にペルーの高地で起きた「カハマルカの惨劇」と呼ばれる、アタワルパ率いるの8万のインカ兵とピサロ率いる166人のスペイン兵との衝突だった。
圧倒的な数的優位にも関わらず、アタワルパはスペイン人たちに捕らわれ、インカの兵はピサロたちに屈服してしまった。何故そんなことが可能だったのか?

たしかに、直接の要因についてはすでに明らかになっている。つまり、銃や病原菌、鉄をはじめとする技術、政治力や経済力の向上をもたらす技術を、ある民族は他の民族より先に発達させたし、ある民族はまったく発達させることがなかった。

ここで言う「先に発達させた民族」とは西洋文明だし、「まったく発達させることがなかった」のはニューギニアをはじめとする、いわゆる後進国のことだ。文明の発達した速度の違いのせいで、一方的な流入となったのは明らかだ…としつつ、筆者はさらにその考察を深めていく。では何故、ヨーロッパの一部でだけ「近代文明」が起こり得たのか?
筆者は「これに対し、究極の要因はいまだに明らかにされていない」としながらも、「歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない」というスタンスで、その究極の原因に少しでも近付くべくさまざまな思考実験を行っていく。


「格差」を生んだ原因となる物事については、この本のタイトルとなっている「銃・鉄・病原菌」をはじめてしていくつかが挙げられている。

馬は、紀元前4000年頃、黒海北部の大草原で飼いならされるのとほぼ時を同じくして、それまでの戦いのあり方を一変させている。

ピサロを成功に導いた直接の要因は、銃器・鉄製の武器、そして騎馬などにもとづく軍事技術、ユーラシアの風土病・伝染病に対する免疫、ヨーロッパの航海技術、ヨーロッパ国家の集権的な政治機構、そして文字を持っていたことである。


このうち「病原菌」という要素は、これまで私自身「文明」の差異として思いつかなかったポイントだったので、興味深く感じた。

世界史では、いくつかのポイントにおいて、疫病に免疫のある人たちが免疫のない人たちに病気をうつしたことが、その後の歴史の流れを決定的に変えてしまっている。…ヨーロッパからの移住者たちが持ち込んだ疫病は、彼らが移住地域を拡大するよりも速い速度で南北アメリカ大陸の先住民部族のあいだに広まり、コロンブスの大陸発見以前の人口の九五パーセントを葬り去ってしまった。

戦史は、偉大な将軍を褒めたたえているが、過去の戦争で勝利したのは、かならずしももっとも優れた将軍や武器を持った側ではなかった。過去の戦争において勝利できたのは、たちの悪い病原菌に対して免疫を持っていて、免疫のない相手側にその病気をうつすことができた側である。

考えてみればジョージ・オーウェルの『宇宙戦争』でも、圧倒的な文明と兵力で地球に侵略してきた火星人たちが撃退されたのは、やはり地球の病原菌に冒されたためだった。
世界史では逆に、人口が多く家畜と近い生活をしていたユーラシア大陸の人間のほうが、新大陸の人々に有害な病原菌を撒き散らしたのだが。