『キリマンジャロの雪』

キリマンジャロの雪 (角川文庫)
ヘミングウェイの短編集。
キリマンジャロの山頂近くには凍りついたヒョウの死体があるが、なぜそんなところまで登っていったのかは誰にも分からない…という話が、ヘミングウェイの短編に書いてある…というところまでは、誰かのエッセイで読んだことがあった。それがまさにこれの表題作である。
このヒョウのエピソード自体がいろいろとロマンをかき立てる話ではあるが、それを切り出しに持ってきて不思議な死生観をさらりと垣間見せる語り口には、上質のスペイサイドウイスキーをすすった時のように深く酔わされた。

彼の才能は、実際にしとげたことではなく、いつもやればできるということにすぎなかった。

ヘミングウェイの皮肉は、私のような自意識過剰気味な男の痛いところを絶妙に突いてくる。


クールでハードボイルドな短編「殺し屋」は、2人の殺し屋とダイナーの主人ジョージの乾いた会話が、私の好きなエルモア・レナードタランティーノの映画につながる、ブラックユーモアが小気味いい。


「事の終わり」the end of somethingは、長編小説の終わりのような、あるいは始まりのような不思議な味わい。
恋愛末期のカップルが、夜釣りのために川へ漕ぎ出す。一向にかからない魚。静かな一夜の破局。
できれば、マージョリー(女)はニック(男)のことをどう思っているのか、「彼女は魚釣りが好きだった。特にニックといっしょに魚を釣るのが好きだった」の一文なしで関係を推し量りたかった。


ヘミングウェイって人には「アメリカ・マッチョイズムの象徴」という印象を持っていたせいで、これまで食わず嫌いだった。『日はまた昇る』くらいしか読んだことがなかったけれど*1、どう考えてもこれは私の好みだ。いずれ時間をとってじっくり作品を読みふけりたいと思う。