『モダン・ジャズのたのしみ』

モダン・ジャズのたのしみ (植草甚一スクラップ・ブック)
数年前にいっとき植草甚一ブームみたいな時期があったけど、多分その頃に古本屋で買ったと思われるこの本が、本棚から発見された。ちょうどジャズを深堀りしたくなっている時期だったので、読んでみた。博覧強記の筆者による、ジャズ関連のエッセイ集。
本書によると植草氏は49歳のときに突然モダン・ジャズに目覚め、以来ジャズ浸りの日々を送ったという。

 昨年の夏のおわりころから、急にモダン・ジャズがすきになってしまって、毎日のようにジャズレコードばかりかけながら、うかうかと日を送っていた。だいたいの計算だと六〇〇時間くらいジャズをきいて暮らしていたし、そのあいだレコード店にいたのが二〇〇時間くらいあった。
 約半年をモダン・ジャズでつぶしたのが八〇〇時間だったが、それまでだと三〇〇時間くらいは古本屋を漁りあるいて、あとの五〇〇時間くらいは、買った本を読んでいたはずであった。このほうが、ずっと安あがりだし、役に立つことも多いので、ほんとうはいいことなのだけれど、モダン・ジャズの世界はまったく未知数の世界だったし、すばらしい魅力をもっていたので、どうしても抵抗することができなかった。

こうして最終的にはジャズ専門誌に連載を持つにまで至るわけだが、この集中力は凄いと思った。レコードがたまってくると厳選した数十枚以外は売って新しいのを買うのだが、それを繰り返すうちにレコード自体がいらなくなった…とか、もはや仙人譚のようでもある。


本書に集められたエッセイは、60年代を中心に「スイング・ジャーナル」誌などに掲載されたものがほとんどなのだが、情報が少なかった時代を表しているのか、当時アメリカの雑誌に載った記事を植草氏なりに翻訳・意訳・超訳して紹介している文章も多い。
その中でも秀逸だったのは「ある時代のジャズ・ポートレート」と題された1961年に「ダウン・ビート」誌に載せられた一篇。ビバップ誕生の地と言われている「ミントンス・ハウス」に巣食っていたミュージシャンたちを、まるでその場にいたかのように活写したフィクションドキュメンタリーなのだが、これが面白いのだ。

 バス・ジョンソンのクラブでのジャム・セッションが、しばらくしてミントンス・プレイハウスへ場所がえしたころである。いつも夜おそくなると、てんでブローできない連中があらわれては、ステージに出しゃばって七コーラスも八コーラスも吹きつづけてゴキゲンになるので、セロニアス・モンクガレスピーはうんざりしてしまった。それでセッションがはじまるという或る日の午後、モンクとガレスピーケニー・クラークとジョー・ガイといった仲間は、いつもよくやる曲のコード進行をわざとかえて複雑にし、生意気な顔をしてステージにあがってくる連中をとっちめてやろうじゃないか、と相談した。これが図にあたってみんなワン・コーラスやると、それから先は吹けなくなってしまいスゴスゴと引き返していく。その格好がまた滑稽でもあったので、こんなまねを繰りかえしているうちに、だんだん複雑になっていくコード進行が考えだされたりし、いわば自然と新しい形態へ発展していった。

…いわゆるビバップの誕生である。


本書で見つけた、ジャズを端的に言い表したセロニアス・モンクの言葉。

Jazz and Freedom go hand in hand.