「This Is It」

臨月のつれあい(とそのお腹の中の子供)を無理やり連れて、久々に映画館に足を運んだ。これがベビーにとってどんな胎教効果となって表れるのか。
6月25日に突然この世を去ったKing of Popことマイケル・ジャクソンが、健在なら7月にロンドンで50公演(!)を予定していた「最後の公演(The Final Curtain Call)」。リハーサル中に撮られていた映像やステージ上でバックに流す予定だったビデオをつなぎ合わせ、そのパフォーマンスの何分の一かを再現してみせたのが本作。監督はツアーの舞台監督も務めていたケニー・オルテガ


私はマイケルのそこそこ熱心なファンで、アルバムで言うと「Dangerous」がモロ直撃の世代なのだが、中学生の頃に映画「ムーンウォーカー」を見て衝撃を受け、何度もビデオで再生しながら「スムース・クリミナル」の踊りやムーンウォークを真似したりしていた。
そんな私からすると、今回「This Is It」で取り上げられていた(つまりコンサートで演じられる予定だった)楽曲は、非常に馴染み深いヒット曲ばかりで、どれも懐かしく、イントロが聞えてマイケルが体を動かし始める都度、興奮して観客席で自然に体が動いた。
マイケル自身もこの公演を宣言する記者会見で、「みんなが聞きたい曲を歌う」と言っていたくらいだからそういうセットリストになっているのは予測できたのだが、中でも一番驚かされ興奮したのが、ジャクソン5時代の歌を歌い出した場面だった*1。そのパフォーマンスの後で感極まった声で「ジャッキー、ジャーメイン、ティト、マーロン、愛してるよ。…ジョセフ、キャサリン、感謝している。」とつぶやくマイケルの姿は、ちょっと編集があざとくも感じたが、思わず涙腺を刺激された。ジャクソン5時代から死に至るまで、ジャクソン一家の兄弟や父母の関係は愛憎複雑に絡み合ったものであり、この謝意も単純な意味合いではないはずなのだから。


それはともかく、「みんな知っている」曲ばかりで編成されたセットリストを見ていると、かえってパフォーマーとしてのマイケルのプロ意識が強烈に浮かび上がってくるように感じた。
編集でカットされただけかもしれないが、最新にして今のところ最後のオリジナルアルバムではあるものの商業的には決して成功したと言えない「Invincible」からは、見事に楽曲が採用されていなかったようだ。「Thriller」や「Billie Jean」などは確かに彼の代表作ではあるけれども、はっきり言ってもう四半世紀も前の曲なのに、それをレコーディング当時からほとんどアレンジも変えず、ダンスの振り付けもほぼそのままに50歳のマイケルが演じているわけ。
体力的に凄いというのもあるが、同じ演目を飽きもせずやらされる辛さというのはなかったのだろうか? マイケルほどの才能を持つ人ならば、現代風にアレンジした「Thriller」なんていくらでも考え付けるように思うのだが、あえて当時のままなのだ。
これはマイケル自身がセールスの手法として確立した「ミュージックビデオ」が、時代を超えていつまでも残っていくことと関わりがあるように感じた。我々は、ムーンウォークを初めて披露したモータウン25周年記念ライブの「Billie Jean」のパフォーマンスを、ギネスブックの記録にもなった1982年当時の「Thriller」のダンスを、今もビデオやDVD、You Tubeで繰り返し見ることができる。その結果我々がマイケルに期待するのは、「あのビデオと同じパフォーマンス」ということになってしまう。
そしてマイケルはそれに可能な限り応えようと、最大限に努力し続けていたのだろう。


50歳らしからぬダンスパフォーマンスにも見とれたが、リハーサルならではのリラックスした歌声にも聞きほれた。
「Human Nature」のリハーサルシーンで、「Why Why...」の部分をアカペラで歌い始め、バンドの演奏がそれに従うように控え目についていく場面などでは、「マイケルって歌上手いな〜」と率直に思った。本番では派手な動きや大音量の演奏にどうしても注意が向いてしまうが、この人は元々は“歌い手”なのだと、改めて感じさせられた。


映画の(そして実現されなかった公演の)終盤、「Earth Song」あたりでは「環境破壊から世界を救おう」的なメッセージがステージ一杯に繰り広げられるわけだが、マイケルのこの辺の主張については、私は正直やや鼻白むところがある。環境破壊云々を言いながら、どんだけ膨大なエネルギーをステージ上で消費してるんだ…とか。
それはまあご愛嬌として、この映画で唯一フラストレーションが残ったのは…マイケルが一度もムーンウォークを披露してくれなかった点だ。横に滑っていくタイプのムーンウォークは何度か見せるのだが、後ろに下がる「正統派」ムーンウォークは、ついに一度も見られなかった。
「Billie Jean」のパフォーマンスで満を持して披露されるものと思い込んで見ていたのに、ここでも長い間奏部分でさんざんじらされたものの、結局演じられなかった。
もちろん本作はリハーサルの継ぎはぎ映像だし、編集で使われなった部分にムーンウォークのパフォーマンスもあったのかもしれないが、それにしても…残念。

*1:「I Want You Back」のリハーサル場面ではイヤホンの調子が良くないという理由でマイケルがほとんど歌わなかったが、あれはもしかして独特の感情のためかもしれない…と勘繰って見た。