『ティファニーで朝食を』

ティファニーで朝食を (新潮文庫)
カポーティといえば『冷血』かこの『ティファニーで…』のイメージが強くて(それしか読んでいない)、何となく社会派というか当時のリアリズム小説家という感じを持っていた。あとはまあフィリップ・シーモア・ホフマンが彼を演じた映画の印象しかないのだが、今回の再読で「解説」を確認してみると、カポーティは当初は男の子を主人公にした幻想的な作品を書いていたらしい。意外。
この『ティファニーで…』が大人の現実世界を描いた最初の作品だったそうだ。


ホリー・ゴライトリー(ヒロイン)の名セリフ集。

「…男の人が話すことのできることって、ずいぶん少ないのね。もしベースボールが好きでないとすると、どうしても馬が好きということになるのよ。それに、もしどちらも好かないとなると、どっちみちあたしが困ってしまうわ。そういう男に限って、女の子も好きじゃないもんね。…」

(愛人からの別れの手紙を目にして)
 私のさし出した手紙にちらと眼をあてたとたんに、彼女はすこし斜視の眼を細め、唇を曲げて、小さな固い微笑をうかべたが、その顔がなんだかとても老けて見えた。「ねえ」と彼女は命じるようにいった。「ちょっと、その引出しの中からあたしのハンドバッグをとってくれない。女は口紅をさしてからでないと、こういう手紙は読まないことにしてんのよ」
 コンパクトの鏡を見ながら、彼女は白粉をはたいて、その顔から十二歳ぐらいに見える面影をすっかり消してしまった。一本の紅棒で唇の形をととのえ、別ので頬に紅をさした。鉛筆形の顔料で目のふちをくまどり、瞼に青いかざりをつけ、頸のあたりに四七一一番オーデコロンをふりまき、真珠の耳飾をつけ、いつもの色眼鏡をかけた。こうして化粧をすませ、はげかかったマニキュアをちらと不興げにながめてから、彼女はビリッと手紙の封を切って、便箋の上に眼を走らせた。


ティファニーで朝食を』といえば、いまやカポーティの原作よりも、オードリー・ヘップバーンのコケティッシュな魅力が印象的な映画版のほうが有名となってしまっている。
しかし私は、ハッピーエンドに書き換えられてしまった明るい映画版よりも、『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン少年の女版ともいえるホリー*1が周囲を困らせる原作のほうが、思春期や若さとの訣別を数段上手に描いているように思えて断然好みなのである。

ティファニーで朝食を [DVD]

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*1:ちなみに『ライ麦…』は1951年の発表で『ティファニーで…』は1958年発表。