『代官山わかれ道』

代官山わかれ道 (中公文庫)
ブクオフで105円の棚をザーッと眺めていて、ふと気になって手に取った一冊。代官山という直球タイトルもアレだけど、著者が「うつみ宮土理」とあって軽いエッセイ集かと思ったら、割と本格的な短篇小説集だったので驚いた。
その上、「所詮タレントの余技の域を出ないだろう」と高をくくって読み始めたら、これがかなり上手に書かれた短篇なのだ。そこいらの職業作家にも決して引けを取らないくらい。
文章も上手いし、構成がカッチリしている。まあその分、あっと驚く意外さは感じられないし、「言わずもがな」の部分まで書かれているので余韻が足りないのもやや不満だが、たとえば病院の待合室でふと手に取った雑誌とか、飛行機の機内誌あたりにこのくらいの文章が載っていても、充分読ませるくらいのレベル。
カバーの返しに書いてあったうつみ宮土理さんのプロフィールによると、氏は実践女子大英文学科を卒業後、朝日新聞社が毎年1回刊行していた全ページ英語の日本紹介雑誌『ディス・イズ・ジャパン』の編集部で勤務した経歴を持っているそうだ。なるほどの文章力。

ファッショナブルな仕事に生きる男と女の出会い、別れ、そして再会。時の流れの中から浮び上る5つの愛のかたちを描く新鋭の連作。TOKIOで最もトレンディな街代官山を舞台に描くラヴ・ストーリー。

ちなみに初版は1991年。上記あおり文を読むとどんなバブリーなお話かと思わされるが、実際にはトレンディのトの字も出てこない、代官山に古くから住む人々の話。オシャレな街との対比で人情の機微がくっきり浮かび上がる趣向となっている。
巻末の一篇は、声優になった女性が先輩男性と付かず離れずの交際を続ける話で、読んでいてふとこれは、うつみ宮土理さんと夫・愛川欽也さんの実体験を元に書かれたのかなあ…と思わされた。