『新源氏物語(中)』

新源氏物語 (中) (新潮文庫)
風邪の治療に専念しつつ読了。
太政大臣となり位人臣を極めた光源氏が、ゆかりのある女性たちを集めて六条に建てた大邸宅に住まわせるのだが、その顔ぶれを見ていると、いずれも「ストレートなお姫様」ではないことに改めて気付かされ驚く。
もちろんどの女性も出自は確かなのだが、紫の上は幼い頃に源氏に拾われて育てられた半ば養女のような北の方(正妻)だし、明石の君は世捨て人の父によって当時は辺境だった明石で育てられた。中宮は源氏の愛人・六條御息所の忘れ形見で神に仕える身、花散里は心栄えはよいが器量はいまひとつ、玉鬘は母親の夕顔亡きあと九州で貧窮していたところを救われ、二条の別邸に住む末摘花は不細工で気が利かず、空蝉は後家の尼。
つまり誰一人「高貴な生まれで幼い頃から蝶よ花よとかしづかれ立派な後見もついて嫁いできた」という人物がいないのだ、光源氏ともあろう人の妻なのに(源氏の妻の中では、葵の上だけはその「ストレートなお姫様」なのだが、かなり早い段階で亡くなってしまう)。これはいったい何なのだろうか?


中巻では、すっかりチョイ悪オヤジになってしまった光源氏が、自身の色恋はさておき養女・玉鬘とそれに言い寄る殿上人たちをたきつけたりけしかけたりする「玉鬘十帖」が、やや悪趣味ではあるが最大の見せ場。というか、高校生の頃に読んだ頃は、どちらかと言うとこの部分は「つまらないな〜」と思っていたのに、自分でも娘を持つとまた違った目で見られるから不思議なもの。
その「玉鬘十帖」の一部に、光源氏が「物語論」を展開する段がある。源氏が玉鬘の帳の中に蛍を放って、髭黒の大将にその顔をわざと見せる有名な場面の、その直後の部分である。
小説について光源氏が玉鬘に述べる言葉。

「ほんとをいいますと、小説、物語というのは、神代からこの世にあることを書き残したものでしてね。正史といわれる日本紀などは、ほんの社会の表面の一部分に過ぎないのだよ。小説の中にこそ、人間の真実が書き残されているのだ。
 小説というものは、誰かの身の上をそのまま、書くのではない。うそもまこともある。よいことも悪いことも書く。
 ただ、この世に生きて、人生、社会を見、見ても見飽きず、聞いて聞きのがしにできぬ、心ひとつに包みかねる感動を、のちの世にまで伝えたい、と書き残したのが小説のはじまりですよ。そこでは善も悪も誇張してある。しかし、それらはみな、この世にあることなのです。異朝や外国の小説でも、みな同じです。小説をまるでうそだ、作り物だということはできない。仏のお説きになる法にも方便ということがある」

この部分、原文を引用するとこうなる。

「こちなくも聞こえ落としてけるかな。神代より世にあることを、記しおきけるななり。『日本紀』などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ」
とて、笑ひたまふ。
「その人の上とて、ありのままに言ひ出づることこそなけれ、善きも悪しきも、世に経る人のありさまの、見るにも飽かず、聞くにもあまることを、後の世にも言ひ伝へさせまほしき節々を、心に籠めがたくて、言ひおき初めたるなり。善きさまに言ふとては、善きことの限り選り出でて、人に従はむとては、また悪しきさまの珍しきことを取り集めたる、皆かたがたにつけたる、この世の他のことならずかし。
 人の朝廷の才、作りやう変はる、同じ大和の国のことなれば、昔今のに変はるべし、深きこと浅きことのけぢめこそあらめ、ひたぶるに虚言と言ひ果てむも、ことの心違ひてなむありける。
 仏の、いとうるはしき心にて説きおきたまへる御法も、方便といふことありて、悟りなきものは、ここかしこ違ふ疑ひを置きつべくなむ。『方等経』の中に多かれど、言ひもてゆけば、ひとつ旨にありて、菩提と煩悩との隔たりなむ、この、人の善き悪しきばかりのことは変はりける。
 よく言へば、すべて何ごとも空しからずなりぬや」
と、物語をいとわざとのことにのたまひなしつ。