『蹴りたい背中』

蹴りたい背中
つれあいが入院していた産院から、もらってきた本。ハードカバーで場所をとるので、引越し前にブクオフに売ろうと思って急いで読んだ。遅読の私でもスラスラッと読めるボリューム。


主人公の長谷川初実が、高校の生物の時間にひとり気だるくしている場面から物語は始まる。周りに溶け込めない少女。窓から差し込む日差しにきらきらと光るホコリ。
この辺の描写をちょこっと見た時点で、なんとなく「またこの手の自意識過剰物語か…」という気になって、よっぽど読むのをやめようかと思ったが、我慢して読み進めると時折きらめく箇所に行き当たった。

 まだテレビの音がしている居間を避けるようにして長い廊下を通り、靴をひっかけて玄関を飛び出した。外は既に薄暗くなっており、気温も下がっていて、なんだか落ち着かない。外からでは、にな川の部屋のある二階部分は、道路に面している一階の平屋の家とは、別の家みたいに見えた。洗濯物だらけの窓も見えた。あの向こうに、一番大切な箱を荒らされ、盗まれ、その上蹴られた男の子がいる。と思うと、なんだかたまらない。半開きの口からつゅんと熱い唾が溢れて、あわてて上向いて喉だけひくつかせて、どうにか飲み込んだ。

「長谷川は練習を頑張るから、これから伸びるはずだ。」
 力強く言われて、不覚にもじんときた。先生から目をそらしながら、泣きそうになる。やっぱり先生は嫌いだ。
 認めてほしい。許してほしい。櫛にからまった髪の毛を一本一本取り除くように、私の心にからみつく黒い筋を指でつまみ取ってごみ箱に捨ててほしい。
 人にしてほしいことばっかりなんだ。人にやってあげたいことなんか、何一つ思い浮かばないくせに。


要約してしまえば単に「背中を蹴る話」なのだが、ありきたりのシチュエーションに思春期特有のきらめきを埋め込んだ文章というのは、どこにでも見られそうでいて、実はなかなか出会えないのかもしれない。
…というか私がそういうジャンルの本を普段読まないだけか?