『ペルソナ−三島由紀夫伝』

ペルソナ―三島由紀夫伝 (文春文庫)
昨年後半、三島由紀夫の本を関連図書も含めてダラダラと読んでいたのだが、これは読んでいなかった。先日図書館で借りてきたものを読了。とても面白かった。


この本で作者の猪瀬直樹は、三島由紀夫の生き方を著作からというよりも、「日本の官僚機構の呪縛」から読み解いているが、この視点が実に新鮮で説得力があった。改めてみると三島の家族は、祖父・平岡定太郎(内務省)、父・平岡梓(農商務省のち農林省)、そして本人・平岡公威(大蔵省)と三代続く官僚一家だ。
刻苦勉励の末、東京帝大を卒業し官僚となり樺太庁長官にまでなった「立身出世」の人・定太郎。
定太郎の利権を頼りに岸信介と同期で農商務省に入省しながらも、対照的に「ダメ官僚」だった梓。
梓の意向*1で大蔵省に入ったものの、9ヶ月で官僚を辞し作家となった三島。その異常な死に方は、戦前に「平民宰相」原敬により先鞭を付けられ戦中戦後に岸信介が絵図を書いた、日本経済の裏にある「官僚主義」に大きく影響を受けていた…というのが猪瀬氏の説。
三者三様の「官僚システム」との関わり方が、(やや回りくどい章立ても一部気になるのだが)鮮やかに炙り出されていて、興味深かった。


他に「へぇ」と思ったのが、三島のデビュー作『花ざかりの森』の出版までの経緯。
今でこそ「当時18歳の青年が華々しく文壇デビューした記念碑的作品」みたいな扱いの『花ざかりの森』なのだが*2、終戦間際のドタバタの中でこんな本が出版されたのは強烈な才能のためなんかではなく(それも一部あっただろうが)、祖父・定太郎の持っていた「樺太パルプ利権」のおかげで、統制経済下でも三島が「紙」を版元に用意してやるだけのコネを持っていたことが大きいという。


三島はその『花ざかりの森』の序文を、私淑していた詩人の伊東静雄に書いてもらおうとする。
ところが大阪までわざわざ会いに来た三島のことを、伊東は自分の日記に「夕食を出す。俗人。(略)駅に送る」と実に厳しい評価で記し、序文を書くことを固辞している。


「俗人」…実はこれこそが、三島由紀夫の作家人生のすべてを表す、最も端的な言葉なのではないだろうか。少なくとも私はそう思う。と同時に、仮面の奥に見透かされるその「俗人」の部分に、どうしようもなくひかれる私自身もまた、「俗人」以外の何ものでもない。

*1:梓は農林省の課長時代に、予算折衝で自分より年下の大蔵官僚にこっぴどくやられたのを根に持っていたらしく、「大蔵省に入ればよかった」とボヤいていたとか。

*2:文章は流麗ですが、今となっては読む価値があるとはそんなに思いません。