捕鯨

夜、BS-iでやっていた「捕鯨論争!大国と闘った男たち〜国際会議の舞台裏に迫る〜」という番組*1を見た。
2002年に下関で開かれたIWC国際捕鯨委員会)の模様を軸に、捕鯨問題や環境問題を巡る欧米のエゴイズムを炙り出したドキュメンタリー番組。当時放映されたものの再放送。


IWCにおいて捕鯨問題は、本来は「クジラという種の保護」が目的であったはずが、いまや完全に「欧米vs捕鯨国という対決軸での政争の具」に変わってしまっている。
クジラの個体数は、日本の調査捕鯨によるとすでに充分に回復しているばかりか、逆に増えすぎて、今度はその主食である海産資源(アミ類やスケトウダラなど)が減少してきているという。
日本の調査捕鯨は、「一切の捕鯨を禁止」するIWCの協約には違反している。しかしこの協約が例外も持たず決して緩和されない以上、クジラの生態を科学的に分析するには、違反覚悟で必要数を捕獲するしかないのだ。


世界には、かつての日本の沿岸地域のように貴重なタンパク源や資源として捕鯨をしてきた地域は多い。
しかし現実に大規模な流通がなくなって久しい昨今、そこまでしてクジラを食べたい、食べなければならない…と思う人は、かなり少ないだろう。
また、祭礼として捕鯨を行う共同体もあるそうだが、珍味として食べたり、祭礼として捕まえる程度なら、はなから禁止には値しないと思う。
しかしこの番組の中で、クジラによると思われる海産資源被害が広がっていると知り、これは何とかしなければいけない…つまり毎年計画的にある程度の数を捕獲してコントロールしていかなければならないのかな、と思った。


そうなるともはや事はクジラだけの話ではない。水産資源全体をどう持続的に利用していくか、という話になってくる。
日本はIWCにおいて、こういう視点で主張や科学的検証を続けているそうだが、欧米諸国や環境団体は議論にまったく乗ってこないで、「捕鯨は永久に禁止」なのだそうだ。


下関IWCの会議のなか、カリブ海の小国アンティグア・バーブーダの代表たちが、1982年の総会で自国が商業捕鯨に反対する票を投じた時、実はその代表はアメリカの環境団体の人が務めていたことを暴露していた。
そして「小国には捕鯨をコントロールできない」的なロシアの発言に対し、「われわれの国はこれまでずっと、あなたたち欧米諸国の論理を押し付けられ、蹂躙されてきた!」みたいな感じで激怒していた姿が、とても印象に残った。