『東京奇譚集』

東京奇譚集
村上春樹・著。
氏の作品が好きで一時期いろいろ読んでいたのだが、ここ最近の数作については何か物足りなく感じていた。独特の濃密な情景描写がなくなっているように感じたので。
それでこの最新作については買うのをためらっていたところ、最近村上春樹にハマったという友人から借りることができた。
一読しての感想は、とくに目新しいところもなかったが、久々に濃密な情景描写が楽しめた、というところか。小ぢんまりとしたcozyな作品集というのが、割と今の気分に合っていたのかも。


「濃密さ」の一例として、たとえば随所に見られる“数字”が挙げられる。
「偶然の旅人」は作者自身の「10 to 4」にまつわるエピソードから書き起こされており、「ハナレイ・ベイ」では2本足が1本足に。
「どこであれそれが見つかりそうな場所で」はマンションの25階と26階の間にある踊り場が舞台。「日々移動する腎臓のかたちをした石」で年齢差は5歳。
それぞれの数字自体に意味は無いだろうが、つまりそれを記述することによって生み出されるタイトな作品内の時空間が、「村上春樹らしさ」の一つなのだと思って読んでいる。


品川猿」という一篇だけは単行本のための書き下ろしだそうだが、この章だけが少し浮いている感じがした。他の話は「ありそうで無さそうで、ありそうな話」なのだが、「品川猿」だけは「無さそうでありそうで、でも無さそうな話」なのだ。