時代感覚

ふっと思ったのだが。
いま我々は元号とともに西暦を使っている。昔の出来事も西暦でおぼえている。関が原の合戦があったのは1600年だ。応仁の乱が始まったのは1467年*1だから、戦国時代と呼ばれる状態が130年あまり続いていたと計算できる。
しかし、昔の人は西暦を使っていなかったはず。そうすると、自分が生まれる前の古い出来事がどのくらい前の出来事なのか、どういうふうに認識していたのだろう?


たとえば、関が原の戦いで勝った徳川家康が、「で、この騒乱っていつから始まってたんだっけ?」と思ったとする。それで側近が「応仁元年からです」と答えたとする。
「でもそれってどれくらい前よ?」と考えてみても、関が原の戦いがあった「慶長五年」と「応仁元年」とでは、元号がガラリと違うからすぐには計算できない。


という話を昨夜つれあいとしていたのだが、「まあ昔の人でそんなことを気にしたのは一握りの学者くらいだろうし、学者ならその辺ちゃんと計算できただろう」という結論に至った。大部分の人は「これはじいさんの頃の話だ」とか、「じいさんのそのまたじいさんの頃に…」くらいの認識だったのではないか。
あと、十二支と十干を組み合わせた「干支」というものがあるので、これを応用すれば100年、200年くらい前のことでも、割と身近に認識できたのではなかろうか。「この前の丙午のことだ」とか、そういう感じで。
それ以上前の話になると、たとえば江戸時代の熊さんが「大宰府天満宮に祭られてる道真公っての、アレいつの人?」なんて隣の八つぁんに尋ねても、「そりゃ、うんと昔の人だ」くらいで済んでいたのかもしれない。


といって西暦がエライというわけではない。
いま私が「菅原道真は903年に死んだらしいから、今から1100年前の人だ」と計算できたところで、その「1100年」がどのくらい長い時間かを考えるには、「じいさんのじいさんの…」とか、そういう身近なところに引き付けて考えるしかないのだ。

*1:「ひとよむなし」とかいう覚え方をした気がする