『魚味礼讃』

魚味礼讃 (中公文庫BIBLIO)
浅草「紀文寿司」の四代目関谷文吉氏が、自身の魚・寿司・料理に対する思いをつづったエッセイ集。
老舗の大将だからと言って小うるさいことをクドクド書くのではなく、魚の風味を表すのに時にはワインのブーケを比喩に使ったりするなど、精神は革新的。

食文化というのは、その時代時代の社会的背景を基盤として築き上げられてきたものです。料理の心得は、古いものの良さを汲みながら、もっとも新しいものを探ろうとする温故知新の精神と、心の底から湧きでる誠実さ以外にありません。

味に対する批評は、感覚を研ぎ澄ましたものでありつつ、科学的でもあります。
なぜイケスに泳いでいる魚が美味しくないかの説明として、旨味成分であるイノシン酸を作るもととなるATP*1の量の変化を引いています。
全ての生体活動の源であるATPは、瞬時に安楽死した生き物の体内では豊富なまま残る。それに対して、苦しんで死んだりイケスで生かさず殺さずみたいな生活をしていると、どんどんATPが減っていく。だから美味しくなくなるのだ、といった具合です。
あと著者は、「美味しさ」の条件のひとつとして「におい」を強調しています。確かに食べ物の香りって、文章で言及されることが少ないですよね。表現が難しいっていうのも一因でしょうけど。

*1:アデノシン三リン酸。生物で習ったなぁ、懐かしい。