『グリコ・森永事件』

グリコ・森永事件 (新風舎文庫)
昭和59年(1984年)3月18日、江崎勝久・江崎グリコ社長宅に突然2人組の男が押し入り、入浴中だった江崎社長を裸のまま誘拐。ここから1年以上に渡ってグリコ、森永、丸大ハム、ハウス食品不二家駿河屋…と食品メーカーへの脅迫が続いた、いわゆる「グリコ・森永事件」。
その発生から1年目の時点で、朝日新聞大阪社会部が事件の経過をまとめたものが本書で、さらにそれを2004年に文庫化したものをブクオフ100円コーナーで発見し、購入。
どうせ2004年に再販するのなら、2000年2月13日の時効成立までのその後の経過も、簡単にでもいいから補足しておいて欲しかった。


事件当時、私は金沢で小学生をやっていたが、青酸ソーダ入りのお菓子が発見されたのは太平洋側の都市ばかりだったので、あまり危機感みたいなものは感じなかったように思う。もちろん、ジャスコなんかは全国的にグリコや森永の商品を一時回収していたから、騒ぎにはなっていたが*1
今でも記憶に残っているのは、お金の受渡しの際に犯人グループが電話から流した、行き先を指示する子供の声。あどけなさがかえって不気味だった。あの声の子も、今頃30がらみのオッサンになっているのだろうか。


この本を読んでわかったのは、何度か犯人(と思われる人物)を捕獲するチャンスに恵まれながら、いずれも取り逃がしてしまった警察の失態。警察サイドからするとまた言い分があるのだろうが、とりわけ「草津事件」として紹介されている、滋賀県栗東町(当時)での取り逃がしは悔やまれる。
この辺の非難の声が高かったことは想像に難くない。後日滋賀県警本部長が自殺する事態にまで発展している。


かい人21面相」を名乗る犯人が、ことあるごとにマスコミや食品メーカー宛に送りつけた「挑戦状」*2。当初は用件だけを伝えていたのが、「けいさつの あほども え」とか「まづしい けいさつ官たち え」という書き出しで始まる「挑戦状スタイル」へと変化。
やがて「全国のフアンの みなさん え」、「全国の おかあちゃん え」、「全国の すいり フアンの みなさん え」、「かい人21面相フアンクラブの みなさん え」などという、あきらかにマスコミを介して挑戦状を読む一般大衆を意識したスタイルになっていく。
人を食ったような大阪(河内)弁も特徴的だが、事件の終盤には「新春けいさつかるた」だの、野坂昭如氏にすすめられて書いたという「短歌」だの、なかなかに歌心のあるところも見せている(笑)。

  • ほあほと ゆわれてためいき おまわりさん
  • いわけは まかしておいてと 1課長
  • ろうろと 1日まわって なにもなし

(中略)

  • てはゆめ おきてはうつつの ノイローゼ
  • んきもの はよつかまえんかいと どなられる
  • らがたつ だれかてきとおに たいほせえ
  • がい者の 市民がよろこぶ ちょう戦状
  • るえるな わしらはけいかん つよいんや

(昭和60年1月から2月にかけて新聞社に送られてきた「挑戦状」より抜粋)

のさかくんが うた つくれ ゆうとる
わしら 小がっこうで さくぶん ほめて もろたこと ない
うた つくる がらや ないけど つきあったろ
はなよりも みのおのさとの もみじがり みのひとつだに とれぬけいさつ
(昭和60年2月27日に発見された新聞社宛の「挑戦状」より抜粋)

箕面(みのお)」は北摂(大阪北部)の、猿と紅葉で有名な土地*3かい人21面相が青酸ソーダ入りのお菓子をばら撒いたのが、主に北摂地域だったこと、「みのひとつだに…」という言い回しが、「七重八重 花は咲けども 山吹の みのひとつだに なきぞあやしき」という古歌を本歌取り(?)しているところなど、この短歌などはかなり秀逸なパロディーだと思うのだが。


「一億総評論家」というか、ニュースやワイドショーで流される断片的な情報から、あれこれ一般人が推理・批評を行うようになったのは、思えばこの事件の頃からだったのではないだろうか。

*1:ちなみに爆発的ブームとなったロッテの「ビックリマンチョコ」は1985年に第一弾発売なのだが、ここに混入されてたら、より一層大騒ぎになってただろう。オフィシャルサイト→http://bikkuri-man.mediagalaxy.ne.jp/index0.html

*2:このスタイルが、ファミコンソフト「たけしの挑戦状」(1986年12月発売)に影響を与えてた…と私は見ている。

*3:昔ここに住んでました。住んでた当時よく買い物をしていた駅前のダイエー(今はもう無いそうですが)にも、私が越してくる10年ほど前に青酸ソーダ入りのチョコが置かれていたことがあるとこの本で知って、ビックリ。考えてみると、国道171号線(イナイチ)沿いの土地が主舞台だったんですね…。